妄想映画日記 その86

boid社長・樋口泰人による「妄想映画日記」その86は、恵比寿映像祭で上映&展示された三宅唱監督、牧野貴監督の映像作品、爆音上映も行った『ファースト・マン』(デイミアン・チャゼル監督)、フレデリック・ワイズマン監督の新作『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』などを観て様々な考えを巡らせた2月下旬の日記です。3月8日(金)~10日(日)開催の 「YCAM爆音映画祭2019 特別編:密室爆音」 で新たに行うことにしたDJ企画の話も。

文=樋口泰人

2月16日(土)

午前11時過ぎに起床。映画を観に行こうと思ったのだが時間が合わず散髪しに行き、その後事務所へ。いない間に溜まっていた郵便物の整理などで1日が終了。不在配達票多数。荷物を受け取れない。

2月17日(日)

余りに元気がなかったのだが、何とか起きて恵比寿映像祭へ。三宅唱+YCAM「ワールドツアー」展示→YCAM杉原くんと打ち合わせ→阿部一直×三宅唱トーク→牧野貴『Memento Stella』。という流れ。「ワールドツアー」はYCAMの時の展示とは違い会場内はかなり明るく、あえて光を遮断しない構え。スクリーンも少し小さい。そして3つのスクリーンがつながっているのではなく、30センチほどの間隔をあけておかれている。つまりその隙間から、出入りする人の姿も見える。日常とスクリーンとがつながっているその一体感が面白いというより、なぜか日常の中に3つのスクリーンが置かれることによって逆に画面への集中力が増す。真剣に見るというのではなく、親密さが増す感じ。スクリーンに映されている光景と今ここでそれを観ている自分との距離が保たれたまま、どんどん近くなっていく。それらの映像を撮った撮影者たちと、あるいは撮影者がカメラを向けた対象たちと、個人的な会話を交わしているような。無理にちゃんと話を聞かなくてもいいし話しかけなくてもいい。

杉原くんとの打ち合わせは、3月のYCAM密室爆音の件。まるで一般的ではないラインナップの割にはチケットはそこそこ売れている。しかし何とか何作品かは満員にしたいということで、毎回上映前の時間帯にわたしがDJをすることを提案していた、その具体的な話を。いずれにしてもYCAM技術スタッフの方たちには毎回いろんなわがままを言っては通常ならやらなくてもいい苦労を掛けてしまっているのだが、今回もまた。ありがたい限りである。

「YCAM爆音映画祭2019 特別編:密室爆音」

3月8日(金)~10日(日)、山口情報芸術センター[YCAM]スタジオCで開催

そしてその流れのまま阿部×三宅トーク会場へ。ランダムに撮られた複数の映像を見て編集する際に監視カメラ的な視野を持たずに、つまり世界を一望する位置に立たずに編集するという態度について。ヌーヴェルヴァーグ以降の、映像を見て育った世代の監督たちに共通する監督の夢と言ってもいいかもしれない。鈴木了二さんと共同制作した映画では、カメラを自動掃除機のルンバの上に載せて撮影したという。

牧野君の新作『Memento Stella』は4Kカメラで撮影され、4K上映される作品。多数の映像を重ね合わせてひとつの映像を作っていく手法は同じだが、密度が濃く感じられるのは4Kゆえか。音の密度も濃く感じたのだが、というか映像より音の方に4Kを感じてしまったのだが、音は2Kでも4Kでも変わらないんだよね、という初歩的な疑問が沸き上がる。いや、音のデータ量は増えているのか? あとで牧野君に尋ねることにしよう。

作品はいつもにも増して人間味に溢れていた。タイトルのステラ(惑星)からも、生物が生きている場所についての映画ということは予想が付くのだが、その惑星の歴史や記憶はさらに深まり、それらが作り出す抗いがたい悲しみや喜びが画面からほころびだす。果たしてそれは牧野君が意図したものかどうか、意図が意図でなくなるギリギリのところで、今ここにある時間を横滑りしていく。視界は深まりつつ、同時に広がり続ける。それぞれの断片に埋め込まれた個別かつ個的な記憶の断片が、こちらの無意識に刺さり続ける。最後には人の顔が見えた。まるでクラフトワークの『エレクトリック・カフェ』のジャケットのような画像が画面に浮かび上がり、しかもこちらは男だけではなく男女で、その男女がキスをする。いやこれはわたしがそのノイズとも言える画面の中に観ているだけだといくら思っても、くっきりと画面の中に浮かび上がりキスをしたかと思うとくるくると回転し始め、そして再びキスを始める。人類の歴史を何世紀にもわたり見せられた挙句、たどり着いた果てがキス。まるで『レディ・プレイヤー1』のような展開じゃないかとニヤリとするが、もちろんそれはわたしの妄想でしかない。上映後、みんなに確認したところ、やはりそんなものは映っていなかった。牧野君もひたすら笑うばかりであった。

『Memento Stella』

クラフトワーク『エレクトリック・カフェ』

2月18日(月)

再び大阪へ。今年4回目。なんばパークスシネマでのボヘミアン・ラプソディ爆音映画祭の爆音調整のためである。最大サイズのスクリーンへと会場が変わるので、新たに調整をし直さねばならないのである。疲れることを除いては、新幹線での移動は好きで、原稿も書けるしその他の仕事もできる。だがこれだけ行ったり来たりが多いとさすがに事務所をどうするか考えてしまう。いずれにしても少し暖かくなったら。

会場が広くなった『ボヘミアン・ラプソディ』はよりスケール感が増したと思う。それぞれのスピーカーからの音量のバランスには特に気を遣った。つまり「We are the champion」の「We」の部分に気を遣ったということでもある。

2月19日(火)

昨夜は眠れず。朝6時過ぎにようやく寝つき、10時起床。東京に向かう。穏やかな眠りが欲しい。帰宅して昼寝。夜は某氏と牡蠣鍋を食う。boidの今後について、いくつかのアイデアが出る。

2月20日(水)

4日ぶりの事務所。さすがに雑務に追われる。夜は昭島に向かい、深夜の爆音調整『グレイテスト・ショーマン』『ボヘミアン・ラプソディ』。大阪より少し太めの中音域が出る機材にしてもらった。オペレーターは初めての方で少し戸惑いつつではあったが次第に馴染む。迫力あり。深夜2時過ぎに終了。爆音後はなかなか眠れず朝5時くらいに眠りにつく。

2月21日(木)

9時過ぎに目覚め、11時から爆音調整5本と、昨夜の2本の最終確認をして本番。とにかく『バーフバリ』2本の音がすごかった。機材と環境に見事にはまった。そして昭島の次回からはこの『バーフバリ』の設定をベースにして調整していくことにする。夜は一旦帰宅。

2月22日(金)

昼は事務所で雑務山盛り。夜は昭島。本番終了後、爆音調整3本と、トーク・イヴェントがある土曜日の『THE COLLECTORS 〜さらば青春の新宿JAM〜』の最終確認。『ドラゴンボール超 ブロリー』の後半、延々と続く終わらない乱闘が凄すぎた。今や爆音上映の伝説と言っていいサーフィン映画『クリスタル・ボイジャー』の後半にも負けないくらいのトリップ感。とも言いたくなる。なんばの爆音で火がついて、その翌日から昭島のチケットが一気に売れ始めたというのもよくわかる。土居くんに伝えて新千歳でもやってもらえたら。そして『ファースト・マン』の音は相変わらず耳に痛くなく、しかし高音がガンガンくる。『ドラゴンボール』とはひとけた違う機材と時間を使っているはずだ。宇宙物特有の音がなくなる瞬間の宇宙空間に放り出されたあの感じがもうたまらない。世界の中でたったひとり。この空白をいつも心の隅に置いておけたらと思う。しかしアメリカの宇宙開発の栄光の歴史を多数の人々の死と政府やNASAの情報操作とともに描いたこの映画が、ここまで無視されるとは。再度どこかでじっくり観て、boidマガジンに原稿を書くことを決意する。その『ファースト・マン』とほぼ同じ設定で『マッドマックス 怒りのデス・ロード』。ストリングスが奏でるメロディをメインにした調整。終了3時。

2月23日(土)

昼に起き、トーク・イヴェントの準備。コレクターズの加藤さんも開場前にやってくる。初対面なのだが映画の中で何度も見ているので初めてな気がしない。そしておそらく、元々あらかじめそういう人なのだろう。誰と会っても初めて会った気にさせない人。だからこそ映画の中で「モッズになるには金と教養がいるんだよ」とさらりと言える。名言である。高円寺在住歴30年のわたしには絶対に言えない。そしてこの言葉の中にコレクターズの30年が詰まっていると思う。今もその言葉とともにある彼らの物語。トークの中で言い忘れたのだが、映画の始めの方で明治通りをふたりが話しながら歩き、そのまま地下にあるJAMに向かう階段を降りていくシーン。階段を降りて少しするとそれまで聞こえていた明治通りのざわめきがスーッと消えてパトカーのサイレン音だけが残る中をふたりが店内に入っていく。一気に時代が変わる。音がそれを示している。ざわめきが消えて残ったサイレンは、今の新宿を走っているパトカーのサイレンでもあり、30年前の明治通りを走っていたパトカーのサイレンでもあるようなものに、一瞬にして変わるのだ。映画のスイッチが入った瞬間。あのシーンは何度でも観たい。トークは30年前からの友人のように話した。

2月24日(日)

義母の96歳の誕生会があり、昭島には行かず。今年が9回目の年女で、いよいよ10周目に突入ということだ。コレクターズのトークの時に「30年後、90歳になっても歌っていてください」と加藤さんにお願いしたのだが、いったい我々の30年後は訪れるのだろうか。

その後恵比寿映像祭へ。『ワイルドツアー』と『無言日記2018』の2本立てだが、『ワイルドツアー』には間に合わず最後の10分から。YCAMで観たときと、最後の方が変わっていないかという疑惑にとらわれるがもちろんただわたしがそのシーンを忘れてしまっているだけである。似たような物語を杉田協士くんが『ひとつの歌』の第1章で撮っているのだが、あちらは野球、こちらはサッカー。その違いがふたりの少年たちのあり方に出ていると思う。こちらの方が意地が悪い。『無言日記2018』はこれまでの総集編とは違い、台湾に行ったシーンでそれまでの時間の流れが断ち切られる。それまでは、あくまでも2018年のどこかというわかる人にしかわからない時間と場所が切り取られていて、それはかすかに撮影者である三宅唱という人間とつながっていて、それこそが「無言」という意味でもあったのだが、台湾編だけは上映の後のトークでもエドワード・ヤンに言及していたように、明らかに三宅唱である。エドワード・ヤンの台北と、侯孝賢『風櫃の少年』の高雄が映っている。それを観た三宅唱の映画史が映っていると言ってもいい。つまり「有言」。反則なのだが、その台湾編が終わった後のシーンに登場した空族の富田くんが虎ちゃんに向かって「無言日記なんだから喋っちゃダメなんだよ」と言ってその場の笑いを取るのだが、boidマガジンに連載中の「無言日記」ではこうはいかない。まさに総集編の醍醐味でもあるが、さすがにここまでくると、そろそろ総集編ではやることがなくなったのではないかとも思えもする。そう思えてしまうのは何人もの撮影者によって作られた「ワールドツアー」の「無言」性が際立っていたからでもある。「ワールドツアー」における作者と作品との関係の希薄さゆえのギリギリの強いつながりに匹敵するのは、毎月の「無言日記」のダラダラとした連載感しかないのではないか。いったい何のためにこんなことをやっているのか誰にも分からない作業を30年続けられるかどうか。

『ワイルドツアー』 3/30(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー!

2月25日(月)

事務所の植物が事務所の寒さのためにダメになった。昨年はひとつやられ、今年はふたつ。まだ最後の望みは残っているが瀕死である。これはもうダメだということで引越しを決意する。5月目標。土居くんに相談したところ西。山梨、という説も出ているのだが、まだ準備不足のため仮の引越しという感じ。安上がりにするためには、事務所移転手続きを簡易に済ますために新宿区内という制限がかかる。しかも今の事務所はすでに新宿区の西側だいぶギリギリの場所である。移転先は限られている。夜、試しにネット上で探してみると何軒か手頃なものがある。というわけで4月に見つければいいという、例によって呑気な決断をした。

2月26日(火)

試写に行く予定だったのだが気分が優れず事務所で仕事。行ったら行ったで本当にあれこれあるのだ。すっかり疲れ果て、その後井手くんと今後についての打ち合わせ。その途中で山口方面から「鞍山閉店」との知らせ。「鞍山」とは、わたしが山口に行くたびに必ず寄る焼肉店である。いったい何歳なのか、普通なら完全に引退しているはずのおじいちゃんとおばあちゃんがやっている店で、もはや商売抜きでおいしい肉を出してくれる。すでに引退を超えてしまったふたりの緩やかな時間がその肉にも詰まっている。肉も米もその他の料理も格段に美味しいのだが、その場所そのものもそれ以上に美味しい。今年の正月も行く予定だった。おじいちゃんが病気になってしまったらしい。わたしも自分の今後を考える。しかし肉の写真しかない。

2月27日(水)

いつもながらカオスの池袋駅を抜け、久々の新文芸坐。今後のboid企画の打ち合わせ。その流れで飯田橋に。ガンダム・シリーズの某プロデューサーに向かって「この前の新ピカの爆音で初めて「ガンダム」観たんだよね」と発して失笑を買う。ほんと、呆れるくらいアニメをまったく観てこなかったのだ。帰り道ではJR飯田橋駅の入り口がわからなくなり、駅ビルの中をウロウロする。

18時から試写の予定だったのだが間に合わず、せっかくだからとユナイテッド・シネマとしまえんに向かい『ファースト・マン』。いくつか確認したいことがあったのだ。葬式は3回とツイッターなどに書いたのだが、昨夜渥美さんのブログを見たら2回と書いてあっていや確か3回だと奇妙な確信が湧いたのだがもちろん根拠はない。その件と主人公の妻がNASAの上司に向かって毒づくシーンはどういう状況とどんな風に言っていたか。葬式は渥美さんが正しくて、2回だった。3回目は葬式ではなくホワイトハウスのパーティに招かれた主人公の元に、実験中の事故による同僚たちの死の知らせが届けられる。そのパーティのシーンがその瞬間に葬式に見えてしまったのだった。そしてホワイトハウスのホテルに戻ってテレビのモニタに映る事故のニュース映像を見つめる彼らの姿。そこには大げさに言えばカサヴェテスの『ハズバンズ』のバスケットボールシーンに匹敵する遣る瀬無い時間、時間の空虚が映っていた。いやこの映画そのものが初めからそんなどこにも向かわずかと言って停滞するわけでもない時間の悲しさだけを映していたのではなかったか。映画の始まりのあたり、すでに記憶があやふやになってしまったのだが、ふたりの子供が癌か何かで検査を受け、その後自宅で一家が寛いでいるシーンだったかで、不意にカタカタという音が聞こえてくる。一体なんだこの音はと思っていたらシーンが変わって泣き顔の妻の顔のアップになって地中に降りていく棺桶が映される。カタカタはその棺桶を降ろす滑車の音だったことがそこでわかるのだが、このカタカタが形を変えて映画の全篇から聞こえてくると言ってもいい。棺桶が墓中に入っていく、その後戻りできない何かが決定的に起こってしまった後の時間の音の映画。長女が死に、仲間たちが死に、その死を抱えながら主人公は月に赴く。自らの葬式に出向くとでも言いたくなるような陰鬱さ。あるいは引きずり続けた長女の死を完結させるための葬式の葬式と言ったらいいのか。ロケットが月に突き刺さるメリエスの『月世界旅行』の果敢なイメージはここにはなく、月面着陸機はただひたすら穏やかに月の表面を撫でるように音もなく月面に着陸する。常に窓枠越しに、あるいはガラス越しに、あるいはフルフェイスの窓越しにあるいはテレビモニター越しに世界を見続けてきた男が、ここで初めて何かに触れる。月面に記された最初の足跡が奇妙に心に残る。そしてジェミニ8号の事故の際に「すべてがコントロール下にあるので心配することはない」と言うNASAの上司に向かって、夫の生死を心配する妻が「あんたたちのコントロールなんてルールや規定で何かを縛り付けているだけで、そんなのは模型を作って喜んでる子供みたいなものよ」と毒づくのだった。冒頭からずっと顔をこわばらせ続ける妻が顔をほころばせるのはおそらくこの映画が終わった後からなのだろう。模型作りを喜ぶばかりの男たちの時代をいかにして葬るか。ファースト・マンをラスト・マンにする試みが始まる。映画が終わり外に出ると雨がぱらついていた。その湿った空気を思い切り吸い込むと、ちょっとだけ春の匂いがした。

2月28日(木)

寝不足である。思い付きだったのだが、3月のYCAM密室爆音で上映前にDJをやることにしたために、何となく毎晩深夜過ぎになってからついレコードを聞き始めてしまい止まらない。たいてい朝になってしまうのだが、そして気持ちの上では「休み」宣言しているものの昼は昼で仕事があったりするわけで、目覚ましをかけてしまう生真面目さが悔しい。しかし書類にハンコを捺して出さねばならない面倒な書類処理があったのでわざわざ事務所に寄ったのに肝心の書類が届いていなかった。この件に関しては他にもいろいろあっていら立ちが収まらず、すっかり疲れる。その他いろんなことで怒っている。

午後からワイズマンの『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』。3時間25分。途中登場したエルヴィス・コステロがグリール・マーカスを引用しながらの質問に対し、「25年とか30年とかいう単位で話をすると、ひとつひとつの具体的な物事に対してレッテルを張ってしまうことがおこる。だけど俺たちがやっているひとつひとつはものすごく入り組んでいて具体的なことなんだ」と親密さを込めて語るのだが、その言葉がこの映画を語っているように思えた。とにかく具体的な話が次々にでてきて、それらが複雑に絡み合っている。すべてがつながっている。2作ほど前の英国美術館の時もそうだったが、常に予算と資金と助成金の話になる。文化の話ももちろん出るが、資本とテクノロジーがそこには必ず絡まってくる。そんな世界でわれわれは生きている。3時間半はさすがにぐったりしたが、外に出るとこの10年で一気に見栄えが変わった京橋から銀座にかけてのビル街に圧倒されつつも、それにいら立つのではなくこのどこかにも人間がいるのだと思える心の余裕が生まれていることに気づく。映画を観ているときより観終わって街に出たときの方が面白く見えてくる映画はなかなかない。2月後半ずっともやもやしていた怒りが雨の街に溶け出して、身体の中にゆったりとした時間が流れ込んでくる。

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

5月18日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー!

樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。
『遊星からの物体X』全国ロードショー中。3月8日(金)~10日(日)開催の「YCAM爆音映画祭2019 特別編:密室爆音」で開場から上映開始までの時間にアナログDJを行います。3月18日(月)は下北沢・風知空知で「アナログばか一代」、 3月29日(金)~4月4日(木)は「爆音映画祭 in 109シネマズ名古屋」開催。