YCAM繁盛記 第51回

山口情報芸術センター=YCAMのシネマ担当の杉原永純さんによる連載「YCAM繁盛記」第51回。年始に「ドルビーシネマ」を初体験したことから改めて爆音上映について巡らせた考え、さらに杉原さんが企画する最後のYCAMでの爆音上映イベントとなる「密室爆音」(3月8日~10日開催)を構想した理由などが語られています。

せんだいメディアテークでのヒスロム企画展に行った。空間を構成するあらゆるものの配置が素晴らしいし、久々にヒスロムのパフォーマンスも見れて足を伸ばした甲斐があった

密室爆音を企画する

文=杉原永純

年末から年明けにかけて、東京-仙台-小松-福井-大阪-福岡と例年に増して激しく移動していた。

メディアテークのワンフロア丸ごとを使っての展示。実に居心地が良くずっといても飽きない

ここ4年参加させてもらっている「nobodyベスト」の原稿を書きながら、2-3月のYCAMシネマの上映スケジュールとにらめっこしているうちに、YCAMの置き土産としてタイトルだけはずっと前から構想していた「YCAM爆音映画祭2019特別編:密室爆音」をどうしてもやりたくなって、同時にあいちトリエンナーレのもろもろの企画の内部的な調整のピークに差し掛かりまだ表に出せない下準備が佳境を迎えつつ、加えて出町座の田中誠一さんから関西の劇場がインディペンデント映画の上映で連携する「次世代映画ショーケース」に関連して原稿の依頼あり、これも書かなきゃと準備していたところ、発熱してるなあと気づいていつつもごまかしごまかし仕事をして、頭が完全にぼおっとしてどうしてもヤバいと思いたち、外来ギリギリの時間に近くの病院に駆け込み体温測ると39.6度の熱、目を疑う。速攻で隔離された別室に案内され、検査してすぐインフルエンザA型と判明した。

病名が判明してから気が緩んだのか一気に症状悪化。とにかく酷かった。記憶する限り小学校低学年以来のはずなので、インフルを舐めてたし、発症してから1週間の自宅待機によってまともに仕事できない状況になるとその後のしわ寄せが半端ではない。これがキツい。周囲にインフルだったと言い訳しまくるしか理解を得られる方法もない。そんな中、うちのたまはずっと見守りを続けてくれた。

昼間はよく寝る

年始早々博多駅のシネコンで局所的に話題のドルビーシネマを体験する。確かにこれはすごい。映画を見ることに極力集中できる。本編が始まる直前にあったドルビーシネマ案内映像での黒の演出は聞いてはいたけど、実際見ると驚く。「あなたの見ている黒は本当の黒ではありません。これが本当の黒です」とナレーションが言った瞬間、画面が「本当の黒」に切り替わり、スクリーンのエッジも全く感知できないぐらいの漆黒になる。エンドロールも、黒地が周囲と溶け込んでいるので、文字だけが浮いている感覚になる。プロジェクターの構造的にもどうやっているのか全くわからない。そして音も大変良い。スピーカーは全てスクリーンや壁の裏に埋め込まれているためその存在を感じない。

ドルビーシネマ in T・ジョイ博多

爆音上映(©boid)との違いに思いを巡らす。ドルビーシネマには、「ドルビーシネマ用に完パケた素材」を劇場に納品している。受け皿として、良質で均質な上映環境を広げることは価値のあることだと思う(ドルビーシネマは国内にもこれからどんどん拡大させていく予定だそうだ)。色々と記事を読むと、ドルビーの皆さんのクオリティへのこだわりと作り手へのリスペストは感じすぎるぐらい感じた。今回見た『アリー/ スター誕生』だと、冒頭バックステージからブラッドリー・クーパーを追ってカメラがステージに入り、ギターがガーンと鳴らされる時の音量も、低音が胸にズシンとくる感じも、初っ端から十分テンションを上げてくれた。統一規格の上映フォーマットでここまでのクオリティを感じられることは、他、IMAXぐらいではないだろうか。こういうことを言い出すと渋谷にあったQ-AXシネマ=THXが本当に素晴らしい映写環境だったと思い出す。現在は映画美学校になっているスクリーンで見た『コッポラの胡蝶の夢』は未だ代え難い圧倒的な上映体験である。

『アリー』本編中、時折高音が鼓膜に触ることがあった。ほんの微妙な差だしほとんどの人には取るに足らないことかもだけども、ドルビーシネマ+500円も適正な価格だと前置いた上で、YCAMの爆音上映をこの5年見てきたものとしてはその微妙な仕上がりの違いに物足りなさを感じてしまう。確実に言えるのはドルビーシネマ用に完パケた新作しか多分この環境には合わないだろうということ、加えて各会場での偏差が(誤差の範囲だとは重々承知の上だが)あることだ。

樋口さんによる爆音上映は、フィルムであれデジタルであれ、どんな古い素材であれその映画の音を見極め、また、環境もシネコンだけでなくどんな場所ででもその場に応じて整えることができる。そこには各映画と上映素材自体の個別性と、樋口さんの即興がある。「タイ爆音」にあれだけ樋口さんが傾倒するのもその道筋で考えるとよくわかる気がする。爆音の運動神経がもっとも求められそうだ。

その意義は、今更口に出すと使い古されているような気になってしまう多様性という言葉に集約されることになるのかなと思うが、この辺はいつか何か決定的な言葉を探さなければと常々思い巡らす。爆音は映画鑑賞のエンターテインメント性を高めてくれるし、一方でその眼差しは、あり得たかもしれない複数の映画史に刺さっている。映画の歴史は決して単一ではないし、そこからはみ出るものも映画館は混ぜてしまうこともできる。そのことが豊かなんだと上映者は言い続けなければならない。

デザインは倉茂透さん。渋谷に飛び込み営業をしてくれた時以来大変お世話になってます

それで「密室爆音」である。

YCAMではこれまでライブやインスタレーションなどで完全自由なレイアウト可能なスタジオAのポテンシャルを生かし、毎回ちょっとずつのアップデートを繰り返し、最大限実験できる爆音上映のリトマス試験紙のような爆音映画祭をやってきた。樋口さんは、毎度挑戦に値する絶妙なラインでYCAMへリクエストをくれるので、ラボの面々も能力の限りきっちり挑戦してくれている。YCAMスタッフにとってもとてもやりがいのあるイベントになっている。

イノベーションの曲線は一旦急激に上昇し、その後徐々に緩やかになっていく。現状のYCAM爆音に関してはそういう認識を持ちつつあった。だから、今一度ミニシアター型のスタジオCを使用して、限られた環境でこそ発揮できる爆音を、自分が辞めるまでには企画しなきゃと思っていた。スタジオCは基本的には映画館であり、動かせないものも多い。制限の中で爆音をもう一度発見することができないか。

秋には一度樋口さん立会いのもと実験をした。スタジオCの建物に位置的に真下には図書館がある。YCAMの音響を増設して「いい爆音」はつかめたものの図書館への音漏れにはややセンシティブにならざるを得ない。どうしようかと考えていたところ、二つのニュース。2月から当面図書館が改装のために1ヶ月半以上休館すること。もう一つはニール・ヤング作品を樋口さんが買っちゃったということ。環境は整った。

普段なかなか認識できないことだが、現代映画の整音はますますシビアにクリアになっている。そうしたしっかりした環境で整えられた音は爆音にしてももちろん大丈夫だしハマるものは多々なのだが、爆音調整の際に樋口さんが物足りなそうにしていることも確かだ。

「密室爆音」では原点に立ち返って爆音調整をおこなう。爆音の発端になったニール・ヤングの監督作品がたまたま上映できるのは、最高の巡り合わせだろう。多少の時間と金があれば、密室爆音にご参集いただきたい。

梁井一監督『劇場版 どついたるねんライブ』(2015年)

『劇場版 どついたるねんライブ』について。「密室爆音」を構想した時から、小さなライブハウスで演奏しているライブものはぜひやってみたいと考えていたし、今回じゃないとできないだろうと思って、劇場公開からはだいぶ経ってしまったが上映させてもらうことにした。

R18+描写シーンに対してアレルギーがある人にははっきり言って向かないとは思う。ただ、こんな企画、ハマジムでないとできない。AVと劇場版のパッケージの違いには松尾さんは自分なんかよりも圧倒的に敏感で、劇場版75分には劇場でこそ見てほしいと願ったシーンが詰まっている。映画の人間だったら120分には達してしまいそうだけども、容赦無く編集されている凝縮版。まず見てもらって熱量を感じてもらえれば十分。

自分は何を見たんだろうと、見終わった後、家路につきながら思い起こしてもらう「映画」です。チケットの発売は2月2日(土)から。席数が今回は少ないのでお早目に!

杉原永純

山口情報芸術センター[YCAM]シネマ担当。2014年3月までオーディトリウム渋谷番組編成。YCAMでは「YCAMシネマ」や「YCAM爆音映画祭」など映画上映プログラムを担当する他、映画製作プロジェクト「YCAM Film Factory」を手掛け、『ギ・あいうえおス 他山の石を以って己の玉を磨くべし』(柴田剛監督)、『映画 潜行一千里』(向山正洋監督)、『ブランク』(染谷将太監督)、『ワイルドツアー』(三宅唱監督)をプロデュース。空族の「潜行一千里」、三宅監督の「ワールドツアー」といったインスタレーション展も企画・制作。また、「あいちトリエンナーレ2019」の映像プログラム・キュレーターを務める。
近況:インフル明けで内臓のダメージが大きい時に連れてってもらったシネマート六本木跡地横の「香妃園」のカレーが沁みる旨さ。カレー好きの方には知られているらしいが中華店なのにカレーがある。これまで味わったことのないコク。また行きたい。