Television Freak 第35回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」第35回です。今年最初の連載で記されるのはやはり年末年始に見た番組のこと。恒例の紅白歌合戦やニューイヤー駅伝&箱根駅伝に加え、年末に放送された2つのドキュメンタリー番組、 映画『濹東綺譚』(新藤兼人監督)などについて書かれています。

年末年始の「棒のごときもの」

文・写真=風元正

三が日、酒を舐めながら高浜虚子の俳句を眺めていたら、ちょっと恥ずかしい考えちがいに気付いた。

去年今年貫く棒ごときもの

あまりに有名な新年を寿ぐ句である。「去年今年」は、一日で年が変わる大晦日をあらわす季語。大岡信は「新春だけに限らず、去年をも今年をも丸抱えにして貫流する天然自然への理への思い」と評している。そして、大岡のいう「理」はどこにあるのか? 私はこれまで、漠然と、人それぞれの裡に積み重なってゆく時間と経験を指すのではないか、と「実存」寄りの勝手読みをしてきた。しかし、どうやら、まちがい。虚子の「棒」は、むしろ自分の外側にある異物としての世界を現している。そして、「ごときもの」と重ねることにより、際限なく生成流転してゆく世界の中で、ただ俳句を手にして立っているあまりに小さな自己を、大胆な措辞を駆使して表しているように見えてきた。

「棒」があるのは内か外か。そういう話なのだが、つい内側に引き付けてしまうのは、つまりは甘さ。もちろん、自分も「棒」のひとつであるわけだが、「棒のごときもの」としての世界は外部にただ茫漠と広がっている。妙な連関だが、「平成最後」の紅白歌合戦を酔眼朦朧としながら眺めた印象を反芻するうちに浮かんできた読みだった。

今回の紅白は、選曲が平成30年すべてを見渡していて興趣深かった。とりわけ歌唱順20番目の氷川きよし以降は圧巻でひさびさに歌謡番組の底力を堪能できた。しかし、最も盛り上がったのは当方が学生だった昭和の歌。これもまた「棒」のひとつ。サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」が1978年。荒井由美の「やさしさに包まれたなら」が1974年。ついでに北島三郎の「まつり」が1984年。もちろん、すべて歴史に残る名曲。大晦日、NHKで桑田とユーミンが抱き合って歌う日が来るんだよ、と「ベルリンの壁」崩壊前のガキだった私に教えてもたぶん一笑に付したはずだろう。でも、画面ではまったく違和感なくみんな「ラーララーララララーラーラー」と大合唱しており、つい眼が潤んでしまう。

新天皇は私のほぼ同世代で、即位は59歳。だが、最近の寿命の伸び方を考えれば、自分が新元号最後の紅白を視聴できる保証はないとして、今回のBIG3はおそらく現役ではない。つまり、平成最後の大晦日はついに昭和が終わる日でもあった。これぞ平成というSMAPの「世界にひとつだけの花」が不在なのは木村拓哉も残念だったろうが、次の元号の「最後」のトリは星野源かはたまた別のだれかか。Hey! Say! Jump、あいみょん、いきものがかりはやっぱり好きだし、米津玄師が堂々たる歌唱を披露した鳴門市の「大塚国際美術館」の入場者が激増したそうだが、視聴率が「大台」40%越えとのこと。お家で団欒しながら年を越す人たまだそれだけいたのか、という日本の相変わらずさに驚かされる。

3が日の朝はいつも駅伝を見てしまう。今年は珍しく終盤に勝負どころがあり熱が入った。ニューイヤー駅伝の旭化成・大六野秀畝とMHPS・岩田勇治のアンカー勝負に手に汗を握る。1万の持ちタイムで大六野が上回っていると解説で教えられたが、新興チームであるMHPSを支えてきたベテラン岩田の意地がすさまじい。ゴールが見えた地点まで待ち大六野が振り切ったが、完全に着差がつくまでの2人の必死さに心打たれた。

箱根駅伝も、ここ4年盤石だった青学が乱れ、俄然面白くなった。8区では東海大3年生小松陽平と東洋大1年生鈴木宗孝の並走が続いたが、2位で襷を受けた小松のいつ抜こうかという舌なめずりするような走りが印象に残った。青学については、原監督がテレビに出過ぎ、と張本さんに喝を入れられていたが、層が厚い強豪校だと出場者を選定するレースについピークを合わせてしまうもの、という解説を聞くと、実感のある言葉だと納得してしまう。なにしろ、ほとんどの部員が箱根を走れないのだから。

社会人は1区が10キロほど。実業団に入って陸上を続けるほどの素質のある選手が揃っているはずなのに大きな差がつくのが不思議である。箱根は20キロほどだが、こちらの方は10人きちんと走れる選手を揃えるのがいかに大変か、溜息をついてしまう。終盤のデッドヒートで熱くなっている選手を見るにつけ、補欠の選手や普段の厳しい練習など、テレビに映らない部分まで想像が及ぶ。

いつも笑うのだが、長距離のトップ選手がレースを走る速度に私が並走したら、100メートルすらついてゆけない。そんな特別な人たちが集まっても、1位がありペケが出るのが競技。今年はとりわけ、勝者と敗者を分かつ差に否応なく目が向いてしまった。

『天空のスペクタクル~オーロラ四季の絶景』は、20年オーロラを追い続けてきた写真家・田中雅美の仕事をフィーチャーした良番組。カナダの森と雪の町イエローライフが、毎日のようにオーロラが見える街とはまったく知らなかった。「オーロラは生き物」と語る田中の熟練のカメラは、夜空に繰り広げられる色彩の饗宴を記録してゆく。雪山に撮影場所を探すのは命がけだし、いつも都合よく出現してくれるわけではない。青、赤、緑、黄……言葉では形容できない美しさである。先住民の信仰の対象であることも教えられた。サンドウイッチマンの2人や竹中直人も、ただ息を呑んで見つめているのが印象的だった。さて、私も一生に一度、オーロラを見ることができれば幸運だが……。

『プレバト!! 新春3時間スペシャル』では、俳句をはじめて作ったという東大生・鈴木光さんの俳句に仰天した。お題は初詣のお賽銭で、「賽銭の音や/初鳩/青空へ」という句。いきなり破調だが、形はぴたっと決まっているし、何より躍動する若さと清潔感がある。名人やら特待生やらも顔色をなくす出来栄えだった。俳句というのは、初心者もホームランを打てる器だから面白い。

『消えた天才』では、わが母校・早稲田実業、斎藤佑樹の同級生の行方を追っていた。あの甲子園優勝メンバーはどうなっているのか、捕手・白川英聖は三菱商事、遊撃手・後藤貴司は日本製紙、左翼手・船橋悠は起業して社長。斎藤は、船橋が早大野球部を辞めるのを止めることができなかった過去に泣いていた。ほかのナインを調べてみたら電通やエイベックスなど大企業勤務の者が多く、普通の野球部出身者の進路とは毛色が変わっている。汗の臭いの薄い都会っ子野球で田中将大のいる駒大苫小牧を倒したあのチームらしい。さて、今年の斎藤は、そして清宮幸太郎はどうなるか?

ザッピング中、惹きこまれたのは1992年の新藤兼人監督『濹東綺譚』だった。公開当時は墨田ユキの大胆ヌードばかり話題になり、触手が伸びなかったのだが、永井荷風の人生そのものを組み入れたオリジナルな脚本だったとは迂闊にも知らなかった。主人公の作家と玉ノ井の私娼窟の女は結婚を約するが、1945年3月10日の東京大空襲が2人を隔てる。作家の方は自宅の偏奇館が焼けて万巻の書物を失い、全財産と日記が入ったかばんひとつ持って逃げ出す。玉ノ井も焼けて女とは別れ別れになり、文化勲章を受章しても人違いと思い、浅草ですれ違ってもあまりに落魄しているため気付かない。婚約した男の戦後とはまるで交わらずに歩む女の姿は行方知らずの艶っぽい女優・墨田ユキの生とどこか重なるし、荷風の戦後の喪失感が身に沁みる。津川雅彦の荷風ははまり役で、死の直前、本八幡の大黒家でカツ丼を食べるシーンが味わい深い。ちなみに、大黒家は一昨年の6月に閉店している。いい店だった。

もうひとつ忘れがたいのは『事件の涙「死にたいと言った父へ~西部邁 自殺ほう助事件~」』。ちょうど1年前に多摩川に入水した西部さんは、もう30年以上の呑み屋の顔見知りであり、わりと長い間、亡くなった奥さんの希望により、私の育った家の近所に住んでいた。東京都内の湖のほとり、家に帰るたびに西部さんの家の前を通った。気高い寒さを抱えている人だった。正直、後半生の荒れた酒には付き合いきれなかったが、顔を見なければ寂しい。こちらは身勝手な関係にできたが、息子さんや娘さんはそうもゆくまい。息子さんが自殺を手伝った2人のうち1人と会い、その沈黙に重みを感じた。

やはり、「終わり」ばかり意識してしまう。けれど、2018年は「爆音」が飛躍的に一般化した年でもあった。2004年、ニール・ヤングの『グリーンデイル』をバウスシアターで観た時には想像もできなかった状況であるけれど、『クリスタル・ボイジャー』の奇跡的な音と映像が出現した時から、用意されていた事態なのかもしれない。今は、もう一度、あの「エコーズ」を聴きたいと願う日々である。

最後にこの場をお借りして厄落とし。1月4日、おみくじを引いたら凶だった。なんとなく予期はしていたのだが、「酒を呑んでうさを晴らすしかない」とか「何をやっても十中八、九だめ」と書かれており、あまりにリアルなのが可笑しかった。新年に凶を引くのは2度目で、末吉や小吉のような活気のない籤よりマシと慰めてみたものの、嬉しくはない。でも、大吉や吉が出るまで引き直すのを止めて、ここに書くことにした。「棒」としての世界は今年もキビしいらしい。

初富士や中央道で風を切る   正

風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。