インターラボで仕事中 第3回

山口情報芸術センター[YCAM]の映像エンジニア/デバイス・エンジニア、今野恵菜さんによる「インターラボで仕事中」。今回は9月から11月までのYCAMの現場について書いてくれています。夏の大型企画のバラしが終わると次の企画準備へ。「バイオテクノロジー」についてのスタッフ向けの勉強会、来年のAIを使用したダンスパフォーマンスに向けてのクリエーションについてなど。

9月

9月は、忙しさにピリピリしがちな7月8月の夏本番を超えて、スタッフみんなが少しリラックスしながら、今年の後半戦の作戦を立てる時間だ。

夏の展示は引き続きオープンしており、イベントもあるが、その数は夏とは比べ物にならない。この時期を使って、英気を養ったり、新しいことに視野を向けたり、リサーチをしたり…としたい所だが、特に後半に述べた「リサーチ」に関しては、なかなか踏み込んだことに取り組めていない現状がある。

新しい視野といえば、グルーポ・ヂ・フーアの「イノア」という作品は、改めて「身体・動き」というものが持つ魅力を提示して見せてくれた。

グルーポ・ヂ・フーアは、ストリートダンスをベースに、その常識やスタイルを解体した劇場作品を作り続けているダンスカンパニーだ。ブラジルを拠点に活動する彼らがYCAMに来るのは、実に9年ぶりである。

YCAMを形作る大きな軸の一つとして「パフォーミング・アーツ」があり、ダンスパフォーマンスはその中でも大きな割合を締めている。「身体」というメディアが最大限に有効活用されている様子は、背景や文脈を飛び越えて私達に突き刺さってくるのだから本当にすごい。

写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

撮影=Yuki Moriya

コロガル公園コモンズの奇特な地形は、彼らの身体によってステージへと変わる。

派生企画として行われた「コロガルダンスバトル」では、本公演よりも近い距離で縦横無尽に動き回る彼らにただただ圧倒された。

余談としては、ダンサー軍団が速攻で日本食に飽きて「ピザが食べたい」と言っていたことが印象的だった。確かに、好みに関わらず彼らの肉体を維持するのに純日本食はあまり向かないかもしれない(ピザが最適解ではないような気もするが…)しかし何より、そんなことを言いながら、軽快に湯田温泉(YCAM近隣の温泉街)を練り歩く彼らは、本当にごくごく普通の青年にしか見えず、それがなんとも心地よかった。

イノアの公演が終わると、つかの間の夏休みが私のところにもやってきた。本当に短い期間ではあるが、このタイミングに合わせて昨年の研修先(Exploratorium)で出会ったアメリカの友人たちが山口に遊びにきてくれたので、充実した夏休みを過ごすことが出来た。「初日本旅行」の彼らに、いきなりローカル線を乗り継いで湯田温泉駅に来させるのは少々酷かとも思ったが、飄々と現れた彼らはそんな困難も楽しんだ様子だった。

YCAMを案内して展示を一緒に見て回ったり、居酒屋や温泉に連れて行ったり、ウン年ぶりにプリクラを撮ったり、何故か御朱印集めにハマっていた彼らのために瑠璃光寺に連れて行ったりと、もう5年近く住む町並みも、彼らと巡るとどういうわけか新しい発見に満ちており、中でもYCAM館内の食のワークショップスペース「StudioD」で実施されている「ハンバーガーワークショップ」は彼らの心を掴んだようだった。

写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

自分の好きな具材を、好きな順番で挟み込んだハンバーガーを作って食べることで、"食"を構成する様々な情報への解像度を高めようというこのワークショップで、彼らは「ハンバーガーの国の人」という責任感に燃えていた。今回の旅行で少しでも昨年の恩が返せていることを祈るばかりだ。

短い夏休みが終わった後は、YCAM内部で実施されているスタッフ向けの勉強会に参加した。今回のテーマは「バイオテクノロジー」。普段はお客さんを対象に行っている「森のDNA図鑑」というワークショップをスタッフ向けに実施し、YCAMのスタッフ全体のバイオテクノロジーに関するリテラシーを引き上げる「森のDNA図鑑」は、身の回りの「生き物のサンプル」を採集してDNA解析を行い、新しい図鑑を作り出すためのワークショップだ。今回はYCAMの目の前に位置する中央公園でサンプル採集をし、館内のバイオラボにてDNA解析のための"下ごしらえ"を行った。

「森のDNA図鑑」は、身の回りの「生き物のサンプル」を採集してDNA解析を行い、新しい図鑑を作り出すためのワークショップだ。今回はYCAMの目の前に位置する中央公園でサンプル採集をし、館内のバイオラボにてDNA解析のための"下ごしらえ"を行った。

https://special.ycam.jp/dna-of-forests/#/

近年、良い意味でも悪い意味でもよく話題に挙がる「バイオ」という言葉。これまでウン百万、ウン千万というお金がかかり、特殊な施設や大学などでしかアクセス出来なかったテクノロジーが、多くの人の手の届きやすい形でパッケージングされ始めたことで、特にアートの文脈においては、表現のための新たなプラットフォームとして捉えられ始めている。これは、数年前までの「電子工作」や「プログラミング」というものの有り様ととても似ている。

例えばこれは、現在YCAMで導入を検討している機材「Bento LabのDIY DNA分析キット」である。その名の通り、高校生男子向けの大きめのお弁当箱くらいのサイズで、自宅でDNA分析が出来てしまうという機材だ。価格もサイズも、数年前までは想像も出来なかったほどコンパクト。

https://www.bento.bio/

私自身、きちんと勉強を積んだ理系や工学系の出身でもなく、学生時代にArduino(デジタルなものづくりの入り口としてもってこいのAVRマイコン)と出会わなければ電子工作やプログラミングに興味を持つこともなかっただろうし、そうなると今の職場とも縁がなかったであろう。そんな身からすると、次なる「ものづくりのプラットフォーム」となりうる可能性のあるこのトピックには興味がつきないのだ。

10月

9月の中旬からは仕事モードに切り替え、秋/冬の山場へ向けた本格的な準備が始まる。10月の最初の連休には「現代において、何かを創り出す際に問われるべきラボ性(良いチームであるための必須条件)とは何か」といったことをテーマに各地の「ラボ機能を有する施設/組織」と議論したカンファレンス形式のイベント「YCAM OpenLab」、中旬には展示中のエキシビション「メディアアートの輪廻転生」の会場を丸々ステージとして活用したパフォーマンス作品「メディアアートの亡霊」の制作と公演などを終え、いよいよ夏を彩ってくれた展示達に別れを告げるべく、バラし(撤収/解体作業)が始まる。

写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

撮影=田邊アツシ

YCAMの活動を、様々な視点から見つめ直し、今後のあり方について考えるためのカンファレンスイベント「YCAM OpenLab」今年は「グッドセンスなラボ」というテーマで、世界各地から「ラボ(グループで研究/制作する機能)」を有する施設、グループを招いて、「良きラボのあり方」について議論した。個人的にも、Exploratoriumで大変お世話になった人と一緒に登壇できた、大変思い出深いイベントである。

https://www.axismag.jp/posts/2018/11/106180.html

パフォーマンス作品「メディアアートの亡霊」のためにプレイされた幻のスーパーファミコンソフト「サウンドファンタジー」。遊んでいるようにしか見えない写真だが、みんな緊張している。

https://rema.ycam.jp/archives/interview/toshio-iwai/

大型のバラしが終わることは、次の大型な展示/イベントの近日中の実施を意味する。バラしはいつも独特のノスタルジーがあるが、それに浸る時間はあまりないのだ。

11月

前述の通り、YCAMを形作る大きな軸の一つとして「パフォーミング・アーツ」があり、ダンスパフォーマンスはその中でも大きな割合を締めている。来る来年2月に舞台作品として公開される天才的フラメンコダンサー イスラエル・ガルバンとのコラボレーションは、2018年度YCAMのメインイベントの一つといって良いだろう。11月上旬には、2月に向けた長期のクリエーションが展開した。

イスラエル・ガルバンもまた、「身体」というメディア(= 身体表現という表現方法の媒体として情報を伝達するメディア)を最大限に活かすダンサーであり、その圧倒的な動きにはただただ圧倒されるばかりである。そんな彼が「AI」というキーワードに興味を持ったことがこのコラボレーションのキッカケだ。ただ、最初にこのクリエーションのことを共有された段階での正直な感想は「これは大変だぞ」だった。

大変だと思う1つ目の理由は「AI」というテーマ設定。AIは前述のバイオテクノロジーと同じかそれ以上に、近年聞く機会が増えた言葉だろう。しかし、この言葉、兎にも角にも誤解されやすいのだ。AI、つまり人工知能という言葉を想像する時、我々の頭の中には「知能を持つ存在 = 人っぽい何か」が浮かびがちだが、実際のところAIという言葉についての明確・厳密な定義は未だになく、いわゆる「スマート家電」と呼ばれるマイコン制御の家電から、検索エンジンから、かの有名なチューリングテストに本気で挑むシステムまで、全部AIと呼ぶことができる。つまり何か固定のイメージがあるものではない。故に、それをどう表現するかという点において、慎重を期す必要があるのだ。

二つ目に「ステージ上でテクノロジー(特にインタラクションを伴うもの)を使用することの見栄え」。これは私がYCAMに勤め始めてからずっと課題だと思っていることの一つである。近年、モーションキャプチャーシステム(特定の人やモノの動きをトラックするシステム)や、リアルタイム処理のできるプログラムプラットフォームの登場/一般化に伴い、様々なパフォーマンス×テクノロジーの可能性が提示されているが、その文脈とは別に、ステージは「嘘(イリュージョン)」を見せるための空間でもある。つまり、工夫なしにリアルタイムな、インタラクティブな要素を盛り込んでも、その見栄えは「ステージ上の嘘」と捉えられたり、 場合によっては嘘より見栄えが劣るものとして嫌煙されかねないのだ。

イスラエル・ガルバンのデータから「もうひとりのイスラエル・ガルバン」を生み出す。その「もうひとりのイスラエル・ガルバン」の姿はまだ私達にも分からない。難しい故にやりがいがあり、難しい故に「実験が出来る現場」であるYCAMがやるべき内容であることは間違い無い。イスラエル・ガルバンの誠実な身体とコラボレーションするためには、我々の用いる技術、そして我々の態度にも、最大限の誠実さが求められるのだ。

今野恵菜

山口情報芸術センター [YCAM] デバイス/映像エンジニアリング、R&D担当。専門分野はHCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)など。2017年にサンフランシスコ Exploratorium にて研修をした。