妄想映画日記 その80

boid社長・樋口泰人による9月前半の妄想映画日記。爆音上映の合間に『イコライザー2』(監督:アントワーン・フークア)、『共想』(監督:篠崎誠)、『ひかりの歌』(監督:杉田協士)の試写、相対性理論のライヴ、Phew新譜『ISLAND』など。「アナログばか一代」ではニール・ヤング特集を。

文・写真=樋口泰人

9月2日(日)

夕方六本木に出かけ、相対性理論のライヴ。ステージ前の半透明スクリーン、スモーク、レーザー光線という仕掛けがいよいよ完成の域に入った感。次のステージに移る日も近いのか。そんなことを思ったのは、イトケンさんが抜けて4ピースのセットになってから初めて観たライヴだったからか。おかしな言い方だがまるでロックバンドのようだと思う一瞬も何回かあった。シンプルでストレートな音作りがされている曲が半分くらい。一転してステレオ感満載の客席まで音で包み込むような曲が半分くらい。外の世界当地の世界によって成り立っている相対性理論のパラレルワールドを、今だからこそ反転させなければ、というような意思が見えたように思えたのだが、こちらの思い過ごしだろうか。『ゼイリブ』でサングラスをかけるような試み。

9月3日(月)

恵比寿に行って写真美術館ホールの下見。来年1月に行う3回目のタイ爆音のため。これまではライヴも映画もすべてWWWでやってきたのだが、さすがに映画を観るにはやはり映画館の方が、ということで写美のホールに爆音機材を持ち込めるかどうか、その確認をした。何とかなりそうだということが判明。

その後『イコライザー2』試写。結果的にものすごいクライマックスが待っているのだが、CIA局員主人公の映画なのに、ほとんどが死んだ妻のことや内輪揉めに終始。徹底して個人と個人の物語しか語らない姿勢を、デンゼル・ワシントンの透明な表情が物語っていた。今はこれをやるべきなのだという確信犯。大きな物語は絶対語らない。小さな物語だけに終始する。そのために自分は今ここにいる。そんな表情。映画の中でこういった表情を観るのが好きだ。

夜、イメルダ・メイのアルバムを久々に聴いたのだが、いったいこの数年は何をしているのかと調べたら、昨年、アルバムが出ていた。しかし全然雰囲気が違う。高円寺に住んでた人が恵比寿あたりに住み始めた感じなのだが、歌声は同じだった。かつてのアルバムジャケットと見比べていたら、ロバート・ゴードンとクリス・アイザックのアルバムジャケットの差にたどり着いた。

9月4日(火)

試写の予定がいくつか入っていたがどれにも行けなかった。まあ、さすがにこれだけ仕事が山積みになると身動き取れない。boid20周年記念鍾乳石と海苔が送られてきた。

猫様がすり寄ってきた。

もう一方には睨みつけられた。

9月5日(水)

篠崎の新作『共想』が完成したというので、立教の新座キャンパスまで。新座まで行くのは初めて。例によって池袋でおろおろするが、何とか無事到着。映画は「完成」はしているものの微妙な調整が必要、という状況のようだ。そして例によってストーリーのほとんどを今や忘れつつあるのだが、印象的だったのは、登場人物たちがただただそこにいる、という目に見えているものの確かさだった。生きている者、死んでしまった者、いずれ死んでしまう者。「わたし」の周りにあるいくつもの者やモノや物が、その現実的な存在状態にかかわらず、ひとしくそこにあって、「わたし」と関わっている。その関りが、まるで今ここで起こっている出来事のように伝えられる。この作品は、「映画」という枠の外側にそっと足を踏み出し、新たな関係を持とうとしているように思えた。学生たちとともに作られた小さな作品だが、機会あれば時間さえ飛び越えてやろうという巨大な野望にも溢れていた。

『共想』©篠崎誠 + comteg

9月6日(木)

80年代の後半だったと思うのだが、大塚名画座を訪れて以来の大塚。そのとき何を観たのかは憶えていない。30年が経った。今の大塚は記憶の中の大塚とはまったく違っていた。まあ、大した記憶ではない。駅前のロータリーのところで記憶の中の大塚の片鱗を見つけた。

杉田協士くんの『ひかりの歌』の試写。杉田君がこの数年間で作ってきた短編を集めてひとつの長編にしたものなので、それぞれのパートで登場人物も違うし、物語もつながっているわけではない。それでもどこかひとつの映画に見えてしまうのは、それぞれの主人公たちが、歩く人、走る人、自転車に乗る人、車に乗る人など、移動とともにある人だからだろう。素直にヴィム・ヴェンダースを思い浮かべるわけなのだが、それはかつての大塚名画座に観に来たのが、何度目かに観るヴェンダース作品のどれかだったような気がするという、もうほとんど消えかかったままどこかに貼りついたぼんやりとした記憶のせいなのかもしれない。そしておそらく登場人物たちもまた、消えかけた記憶とともにあって、それはもしかすると自分の記憶ではないかつてそこに生きた人の記憶からも知れないし、これから生まれる人の記憶かもしれない。その記憶とともにある移動、記憶をたどる旅、そしておそらくいつか誰かのぼんやりとした記憶となる旅を、彼らはしているのだろう。

9月7日(金)

ひたすら事務所で事務仕事。

9月8日(土)

休日は基本的に原稿書きである。『教誨師』パンフ用原稿など。 夜は、妹夫婦とともに阿佐ヶ谷で中華を食べた。高円寺駅の夕暮れの写真が残っている。

9月9日(日)

ひたすら原稿。そしてPHEWとアナ・ダ・シルバのアルバム『ISLAND』を聞いていた。インタビューを読むと、曲の中の日本語部分はアナが、ポルトガル語部分はPHEWが発話しているのだという。ともに、それぞれの言葉が分かるわけではない。ファイル交換で作られた音源に沿うように、それぞれの言葉もシステマティックに交換され、ひとつの音として付け加えられつつそのぎこちない発話の不確かな輪郭のぶれが、言葉や音の持つ物語を崩していく。『ISLAND』というアルバム・タイトルの意味を考える。波立つ海のような青いジャケットに書かれたその手書き文字の微妙な小ささと強さが、そのままこのアルバムの音にもなっている。交換可能な個。交換不可能な個。交換されて輪郭がブレた個。それらをおおらかに受け止める海。荒々しく突き放す海。闘争でも対話でもない交換。いくつものイメージが錯綜するのだが、この小さな強さは「希望」というありふれた言葉で言うしかない何ものかをもたらしてくれる。その「希望」をうまく言えないのは、それがおそらくポルトガル語の「希望」だからだ。うまく言えないもどかしさと戸惑いとともにある「希望」。「Esperança」と書いて済まされるだけではない「希望」が、「ISLAND」という言葉になって青い海に浮かんでいる。こんな風景は観たことない。わたしはわたしのやり方で違うことをやろう。

9月10日(月)

社長仕事で1日が終わる。

9月11日(火)

アナログばか一代。ニール・ヤング特集である。どうやらこの秋にニール・ヤングの自伝の第2集、車と歌と犬の話の本が邦訳されるらしいとの知らせを受けてのもの。たまたまこの日になったので、ならば、911の後にテロを踏まえて作られたアルバム『ARE YOU PASSIONATE?』のアナログ盤を手に入れていた。高かったがまあ、こんな時は思い切りが必要である。テロに対していろんな形でテンションが上がっているアメリカに向けて、カナダ人としてのニール・ヤングがこれまでアメリカのやってきたいいことや悪いことや大切なことやどうでもいいことを、かつてのアメリカ音楽のいくつもの形式や枠組みにはめつつ作り上げたアルバム。以降のニール・ヤングの音は、このアルバムの続きとも言えるのではないかとさえ思っている。

そして本番は例によって2時間3時間では全く足りず。まあ、一生やり続けるしかないといういつもの状態にはなったのだが、この日はモノの「ハート・オブ・ゴールド」にみんなが涙を流した。あとから知ったのだが、自伝第2集を出版する人物も、この会場にいたのだった。

9月12日(水)

『遊星からの物体X』試写。1回限りの試写である。予算のないリバイバル映画では何度も試写はできない。その分座席数は170席くらいのユーロライブにした。すでにBDも出ているので、いったいどれくらいの方が来てくれるのかと不安ではあったが、結構な人出で一安心。とにかく諸事情も説明しつつ、皆さんの協力を仰いだ。今できることをやるしかない。

9月13日(木)

事務所で各所に荷物発送、事務作業後に豊田市に向けて出発、という予定だったのだが、途中、思わぬ知らせが入る。こういうことが起こるともういてもたってもいられなくなるわけだが、まだ確定前ということになるとワイワイと騒ぐわけにもいかずかといってひとりで盛り上がっているのも寂しく、この胸の高鳴りのやり場に困るばかりである。個人的にはすべて嘆くってこのためにとかすぐに思ってしまうのだが、まあ、大人なので確定するまではそわそわしつつじっと待つのみ。

豊田市は想像以上に遠かった

猿投、上挙母、御器所など、地元の人でない限りまったく読めない地名の駅が並んでいた。

9月14日(金)~17(月)

いよいよ年末まで毎週末各所で開催される爆音映画祭ツアーの始まりである。とにかく毎週末、海外も含む各所での爆音映画祭。果たして乗り切れるかどうか。時には2か所同時開催の週もある。その間に『遊星からの物体X』の公開や、『ジョン・カーペンター読本』の出版もある。来年に向けてのタイ爆音の準備や『大和(カリフォルニア)』も引き続き、そしてもろもろの社長業。まあ、でもいい音を聴くと元気になる。

MOVIX三好は、さすがに豊田市近郊、トヨタの工場もあるということで完全車社会のショッピングモールにあるシネコン。こういうところに暮らすと人生がまったく変わると思う。もうちょっと荒廃するとクリーヴランドみたいな感じになるのだろうか。ペル・ユビュやクランプスやジム・ジャームッシュが生まれた町を妄想するのは、少しロマンティックすぎて、そういう人間はこういう場所ではまったく生きていけない

爆音は、8月のYCAMの音に浸りきってしまったままだったので、最初戸惑った。慣れてしまえばこちらのものなのだが、そこまでしばらく時間がかかった。YCAM仕様になった身体を少しずつもみほぐしていく。年末まで、音にもみほぐされながらの旅が始まる。

樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。
年末まで各地にて爆音上映が続く。10/10(水)-26(金)は「丸の内ピカデリー爆音映画祭」、10/13(土)は「爆音上映 in しまね映画祭」、10/19(金)-21(日)は「爆音映画祭 in 高崎2018」、10/25(木)-28(日)は「なんばパークスシネマ爆音映画祭」、11/8(木)-11(日)は「爆音映画祭 in ユナイテッド・シネマアクアシティお台場」。10/10(水)の「丸の内ピカデリー爆音映画祭」にて『遊星からの物体X』を先行爆音上映!