妄想映画日記 その79

boid社長・樋口泰人による8月後半の妄想映画日記。11日間の開催となった「YCAM爆音映画祭2018」での音調整、ゲストとのトークなど。そしてYCAMで過ごした夏休みの終わりには江ノ島にてカーネーションのライヴ。

文・写真=樋口泰人

8月16日(木)

『DEVILMAN』調整。テレビ用の作品のため、2チャンネルで、しかもテレビの基準に合わせた音の設定になっている。製作元からは上映用には作っていないのでそのつもりで上映してほしいという注意を受けていた。確かに音質的には爆音にするとテレビ用の限界も聞こえてくるのだが、別に音質を見極めたいわけではない。大きな音で上映して作品自体が面白くなればそれでOKなのである。もちろん盛り上がる。主人公の気持ちの高ぶりに同調しつつある音楽が同調しすぎて暴走し始める一瞬、気を失いそうにもなる。こういうことはアニメでしかできない。そして、ネット配信のシリーズものでしかできない。リンチの『ツイン・ピークス THE RETURN』にも、こんな一瞬があった。

その後『ラストワルツ』。バウスの頃はもう何度もやってきた作品だが、デジタルリマスターされたものをやるのは今回が初めて。音が全然違う。フィルムの時はガツンと来ていたリック・ダンコのベースが弱い。これはちょっとおかしいと、覚悟を決めて思い切りバランスを変えた。ようやくいい感じになってきたころ、プロセッサーから音の信号を受け取るおおもとのミキサーにトラブルが起こっていたことが判明。勝手には作動しないスイッチがこの時だけ入っていたとのこと。実は、爆音映画祭のトラブルが起こるときには必ずその場にいる土居伸彰くんが本日から来場していたのであるが、この時はまだ、「土居くんがいるからねえ」というくらいで済んでいた。

やり直しの調整。久々の『ラストワルツ』はやはり心に染みた。なんだろう、この感じ。気が付くとひとりひとり亡くなっていっているからだろうか。もうこんなことは起こりえない、その1回限りの尊さが、何度も上映するうちにじわじわと心の底に溜まってきている。

Soi48のふたりがピン・バンドを連れて帰っていく。お別れの挨拶は「また来年」。

夜は『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK: async』上映。古くからの坂本さんのファンと思しき方々がメインで、緊張する。

8月17日(金)

『遊星からの物体X』調整。ギリギリでDCPデータが届いた。字幕の差し替え作業などをやったのだが、とにかく日本のラボでやることはNGで、字幕データを海外に送り、権利元のラボがすべてを管理して作業。このやり取りがなかなか大変である。コピー防止のためにこちらでは直接やらせてもらえないのである。データを作り、先方で形にしてそれをこちらで確認、修正データを送って戦法で修正。みたいな繰り返し。今回はそこまで大変ではなかったのだが、やはり作業をこちらではコントロールできないので、ギリギリになってくると痺れる。

いずれにしても何とかなった。画面も音も最高である。南極を吹きすさぶ風の音がたまらない。その音だけで、ああもう駄目だと思う。80年代の音なので今の映画のような迫力に欠けるのではないかと心配はしていたのだが、もはやそういう問題ではなかった。それぞれの音が命を得たかのようにこちらに向かって襲いかかってくる。たぶん、どんな環境で爆音上映してもこの音に変わりはないだろう。

その後翌週分の『犬ヶ島』の調整をやったのではなかったか。和太鼓の音がメインである。これがなかなか難しいのだ。日本人であるわれわれの身体にしみ込んだあの和太鼓の音の響きと空気の震えをどのように再現するか。録音も我々が思う以上に難しいのではないか。マイクをどこに置くか。近すぎると音が割れてしまうだろうし割れないようにしたら迫力がなくなるし、遠すぎるとバチが太鼓を叩いた時のアタック感が消える。『犬ヶ島』の物語とは直接関係はない部分ではあるのだが。

夜は『PARKS パークス』をネタに、爆音の細部を語る「爆音バックステージツアー」を。YCAMの通常の映画上映会場であるスタジオCでの一部上映、そして場所を移動して爆音会場であるスタジオAに移って、同じシーンを爆音上映して見比べつつ、それがどういうことなのかどういう風にやっているのかを語る。こういう試みを時々やると、こちらもお客さんの方もいろんなことが整理できて面白い。

撮影:谷康弘

写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

その後『PARKS パークス』上映。瀬田さんの挨拶もあり、サイン会にも大勢の方が並んでくれた。

撮影:谷康弘

写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

8月18日(土)

朝から本番。19日のゲストの黒沢さんたちもやってくる。再びにぎやかさを増したのだが、なんと、『DEVILMAN』の上映中にトラブルが。これまで長い間爆音映画祭をやってきたのだが、上映中のトラブルはほぼなくて、かつて大みそかに年越しニール・ヤングをやった時、『Rust Never Sleeps』を上映した時に開始5分で映像が止まってしまいやり直しということがあったくらい。さすがに慌てた。だがわたしには何もできないので、YCAMスタッフの作業待ち。15分ほどお待たせして再開となったのだが、当然、上映後の土居くんとのトークでは、まさか本番中まで悪さをするとは、という恒例のネタから始めることになった。そして「そもそもアニメの監督とはいったい何をする人のことを言うのか?」というあまりに根本的なというか、初歩的なわたしの質問で土居くんを戸惑わせることになった。土居くんからの返答の中にあった、アニメの制作体制づくりの話は、まさに今のインディペンデント映画の現実とも重なった。企画から完成、上映までに至るスピード感をどうとらえるか。

撮影:谷康弘

写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

物販では「地獄へ落ちろバンダナ」を売っていた。

8月19日(日)

朝からゴダール『さらば、愛の言葉よ』、黒沢清『散歩する侵略者』、カーペンター『遊星からの物体X』『ゼイリブ』と続く、いわばシネフィル・デイ。どれも圧巻の面白さ。言うことなし。黒沢さんとのトークでは、銃撃音や爆発音のことや、教会シーンのことなど。銃撃音はマイケル・マン映画の銃の音を参考にしたのだそうだ。教会シーンは、入る前に入り口の前ですっとふたりがふたてに分かれ、松田龍平が教会の壁に貼り付けられていた「愛」という文字を見つけるシーンがわたしのお気に入りであることを告げた。打ち上げの時に山口まで観にきてくれていた坂本安美から、その後の長澤まさみが教会に入って花を手にとってそっと匂いを嗅ぐシーンもいいのだと告げられる。確かに。それぞれの「愛」の在り方が、そんな何気ないシーンの一瞬だけで深く伝わってくる。こんなシーン、こんなしぐさを何気なくふと映画の中に入れられるかどうか。映画監督の仕事は単純で簡単でもあるが、やはり簡単にはできない。

撮影:谷康弘

写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

8月20日(月)

『ベイビー・ドライバー』『乱』『人間機械』調整。

『ベイビー・ドライバー』はサラウンドにしっかり音が入っているので、今回のYCAMのサラウンド強化の設定には見事にはまる。もう何度も爆音でやっている作品なのでそれ以上言うことはないが、これまで何度もやった中で最高の音になった。『グレイテスト・ショーマン』もそうなのだが、シネコンでの爆音映画祭は全国どこまでも追いかけて来てくれる方たちがいる。だがさすがに山口までは届かない。ちょっとだけ遠いからなのだろうか、あるいはシネコンでの爆音とは告知の伝わり方が違うからなのだろうか。

『乱』はロードショー当時観て以来だったのだが、この年齢になると、当時は見えていなかったものが見えてきて堪能した。特に主人公の秀虎が錯乱し始めてからは圧巻。音作りも日本映画とは思えない分厚さで、武満徹さんの音楽ばかりが話題には上がるが、環境音を含めた音響全体が音楽と一体になっている。当時は「音響デザイナー」なんていう役割はなかったと思うので、「録音」の方がやっていたのだろうか。いずれにしても今ではこんな映画は作られ得ない。

工場内に100個くらいのマイクを設置したという『人間機械』は、まあ、それだけで狂っているのだが、映画自体も思考があらゆる方向に飛び散ってまったくまとまらないまま最後まで走りきる。どうやら本物の工場はYCAMの爆音どころじゃない爆音らしい。そこで働く労働者たちの身体はいったいどのように変化していくのだろうか。人間とも機会とも言えない悲惨にも見えず楽しそうにも見えず苦しそうにも見えない彼らの姿は、そんな爆音による身体の変容の果ての姿なのだろうか、とさえ考えた。

夜は『グレイテスト・ショーマン』の2回目の上映。月曜夜にもかかわらず200人近くの動員。人気作は本当にすごい。

8月21日(火)

YCAM爆音の1日限りの休日。杉原くんの運転で、坂本安美、健司と一緒に下関方面に出かける。名物瓦そば、山の中の温泉。温泉と言ってもほとんど避暑地のプールで、完全夏休み。身体が軽くなる。

そしてちょっとした間違いで門司まで。夏の海はいいねえ、という当たり前の感想しかないご機嫌なひととき。

8月22日(水)

『バーフバリ 伝説誕生』『バーフバリ 王の凱旋』調整。ともに当然の迫力。ずっとここで爆音やっていたいと何度も思う。

夜は『ベイビー・ドライバー』本番。いつもより早めに帰ったらホテルがうるさかった。大学生たちなのか、合宿らしい。

8月23日(木)

YCAMに新しくできた自作ハンバーガーショップで昼食。素材のカードが壁に掛けられていて、自分でそれらを組み合わせたものを作ってもらえるのである。重ね純もカードの重ね順に従って作られる。わたしは当然ケチャップ抜きのマスタード多め仕様。爆音ハンバーガーと名付けてもらった。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作調整。『遊星からの物体X』と同様、海外からのDCP到着がギリギリになった。権利関係の処理も遅れてチラシにも載せられなかったのだが、こうやって観てみると、これだけ待たされてもやる価値は十分。1は何度か上映もしたのだが、2と3は初めての爆音で、特に3が素晴らしかった。列車の音の爆音は何度やってもいいねえ。それだけで映画観た気になる。しかしクリント・イーストウッドのことばかりが記憶に残っていたのだが、こんないい物語だったとは。今後、好きな映画は何かと訪ねられたら、この映画を挙げることにしようかとさえ思う。

夜の『戦場のメリークリスマス』本番を終えてホテルに戻ると今夜もまた大学生たちが大騒ぎをしている。しかも廊下でやるものだから始末が悪い。困ったものだ、誰かチェーンソーでも火炎放射器でもと思っていたら、どこかの部屋の誰かがさすがに頭にきたらしく叱りつけていた。その後しばらくして救急車までホテルに到着したのでいったい何が起こっていたのか。

8月24日(金)

ブルーレイやDCPといったデジタル上映のための調整は終了。残されたのはフィルムの『AKIRA』。3月のフィルム爆音の時もやったのだが、その際にデジタル無圧縮のヴァージョンが上映できるのではないかという話になり、今回はそれを予定していた。もうほとんど上映可能か、というところまでこぎつけたのだが諸事情でNGが出て、ここまで来たら再度フィルムで、という流れ。とにかく全力での爆音。そのまま夜は本番。

その後、友人たちと行ったことのなかった少し高めのレストランにて夕食。ただでさえ素材がうまいわけだから、絶品なのは言うまでもなかった。本来ならここにいてはいけない人も映っているので料理の写真のみ。

8月25日(土)26日(日)

YCAM爆音最後の週末。さすがに12日間もやると最後は「ああもう終わってしまう」となんだか感傷的な気分になる。不思議だ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の3本は本当にこんな終わりにふさわしい映画だった。いまだにあの不思議な感触が身体の中に残っている。

そして今年度で映画担当の杉原くんをはじめ契約終了になる職員もそこそこいるということもあり、打ち上げの最後に記念撮影をした。

8月27日(月)

無事帰宅。

8月28日(火)

ムービープラスの「映画館へ行こう」という番組のための座談会収録。映画の製作だけではなく上映のやり方にもいろんな新しい動きが出てきている。気が付くと10年前とは大違いの状況。おそらく10年後もそんなことになっているだろう。今後10年に向けて自分たちは何ができるか。可能性はいくらでもある。

ムービープラス「映画館へ行こう」

8月29日(水)

YCAM爆音で留守にしている間に湯浅さんの『大音海』が出来上がっていた。これをやり始めたのはもう10年近く前のことだ。湯浅さんの小学生のころから始まる公的に発表された文章歴を2000年まで全部集めて書籍化するという企画。無茶な企画はわかっていたが、やれると思っていた自分の読みの甘さに今更あきれる。とりあえずもうどうにもならなくなって、無理やりP-VINEに引き受けてもらったという形である。それでも3分の1くらいか。800ページ越え。未来の時間がまだふんだんにある若い人たちに、むさぼるように読んでもらえたらと思う。1ページずつ食っていくような感じか。雑に読むといい。

8月30日(木)

昼は溜まり放題の事務仕事。夜は来年のタイ爆音に向けての打ち合わせ。いまだに本当にできるのかどうか自信がない。いろんなことが大変すぎる。

8月31日(金)

昼の事務仕事をとにかく切り上げ、夜は久々の横浜。関内の映画館シネマリンでの『大和(カリフォルニア)』の上映最終日で、トークもある。開館以来一度も顔を出したことがなかったので、挨拶ついでにお礼をしに行った。数年ぶりの日ノ出町辺りはすっかり変わっていた。まるで香港だと思った古いビルのほとんどが取り壊されていた。でも見かけだけでも新しい街になったのかというとなんだかよくわからない。古いビルは空地やら薄っぺらなチェーン店やらになっていて、そこからは「今後」がまったく見えてこない。ただ、駅そばの古い中華料理屋「第一亭」だけは昔のままやっていた。相変わらずごちゃごちゃしていて旨かったが、店を仕切っているのがおばあちゃんたちではなく、若返っていた。

シネマリンは音響も映写も鮮明ですごく良かった。今後も続けていってほしいのだが、1スクリーンしかないミニシアターを続けていくのは相当大変なことだ。ミニシアターが閉館するときにそれを惜しむ声がいつも湧き上がるのだが、いくら惜しんでも本当に無理なのだ。根本的な変化がないと存続は不可能。だから上映が続いているうちに、いろんな形で協力できたらと思う。

そして帰り道を間違える。伊勢佐木町を反対方向に歩いていた。気が付いたのは黄金町辺りを過ぎてからで、どうしてここから馬車道に行けると思ったのか。とにかく夜の伊勢佐木町を歩きながら満喫した。この街なら住んでもいいかなと思った。いや、世界から逃れたい願望がそう思わせるのはよくわかっている。『欲望の翼』のレスリー・チャンよろしくマカオやらフィリピンやらに流れはてた挙句電車の中で殺されたいとかなんとか。もちろんそんなことはあり得ないのだが、たまにこの辺りに来るのは悪くない。第一亭もあるし、おいしいタイ料理屋もいっぱいある。

9月1日(土)

カーネーション恒例の江の島ライヴ。昨夜の伊勢佐木町で終電ギリギリで焦ったことを思えば、そのまま横浜に泊まって江の島に行った方が楽だった気もするが、まあ、そこまでラフには生きられない。自宅から出直し。そしてやはり何年かぶりの江の島。こんなことでもないと来ることはない。しかし夏の終わりにふさわしい風景。オリヴィエ・アサイヤスの『8月の終わり、9月の始まり』という映画タイトルを思い出すまでもなく、とにかくその変わり目がまさに目の前にあるだけでほろりと来る。『バック・トゥ・ザ・フューチャー3』をまだ引きずっている。若い頃ここに来てもこんなふうには感じなかったと思う。

カーネーションのライヴはリラックスしてアットホームでまさに夏休みの終わりのライヴだった。こんなライヴを年に何度かやって暮らしていけたら最高だろう。なんて口で言うほど運営は楽ではないが、どこかにいいやり方があるはずだ。本気で横浜あたりに住みたいと思い始めた。

夏休みが終わった。

樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。
9/28(金)-30(日)は「爆音映画祭 in MOVIX利府」、10/5(金)-8(月・祝)は「爆音映画祭 in MOVIX堺 Vol.2」、10/10(水)-26(金)は「丸の内ピカデリー爆音映画祭」、10/13(土)は「爆音上映 in しまね映画祭」、10/19(金)-21(日)は「爆音映画祭 in 高崎2018」。10/10(水)の「丸の内ピカデリー爆音映画祭」にて『遊星からの物体X』を先行爆音上映!