Television Freak 第30回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマから『dele(ディーリー)』(テレビ朝日系・金曜ナイトドラマ)、『義母と娘のブルース』(TBS系・火曜ドラマ)、『透明なゆりかご』(NHK・ドラマ10)の3作品を取り上げます。また、9月1日公開の映画『きみの鳥はうたえる』(三宅唱監督)についても。

映画『きみの鳥はうたえる』より

リアリズムの可能性

文=風元正

『きみの鳥はうたえる』は、胸に沁みる作品だった。意味不明な喩えかもしれないが、100回目の甲子園で、26年前に5打席連続敬遠された松井秀喜が星稜高校の後輩に全力投球した始球式のような「時」の重さがある。「青春は1度きり」というベタな真実がもっとも残酷に現れるのが甲子園。普遍的なテーマに、三宅唱監督が映画の方法を目一杯駆使して迫った。

舞台は原作者・佐藤泰志の故郷、函館である。あの市電の線路から見る朝焼け。まず、街並みが美しい。「僕にはこの夏がいつまでも続くような気がした。9月になっても10月になっても、次の季節はやってこないように思える」。主人公の僕(柄本佑)により静かに朗読された一行が全編の主調低音として響く。僕は本屋のバイトで、失業中の静雄(染谷将太)と安アパートで暮らしている。何するでもない2人の暮らしに、本屋の同僚の佐知子(石橋静河)が紛れ込んできて、単調な日々が一気に華やいだ。

物語は、本屋の店長(萩原聖人)と歩いていた佐知子が、バイトをずる休みして店長に叱られた僕のヒジをすれ違いざま、突っつくことから動き始める。僕は120数えるまで佐知子を待ち、女は「心が通じたわ」と笑顔で戻ってくる。この120数える間待つ儀式は、もう1度登場する。そして、僕がひとりの部屋に帰り、冷凍庫の氷を齧るシーンも、同じカメラ位置でもう1度繰り返される。函館の夜の遠景も2度現れるのだが、どの「反復」も2度目はまったく違う意味を帯びている。同じ時は2度と来ない。痛切な喪失感を描き切った原作に対し、映画はこういう手法で応えるのか、と興奮した。

3人の「フラヌール(遊歩者)」は笑いながら遊び場をはしごする。ダンス、ビリヤード、卓球、クラブで酒。お楽しみは尽きない、完璧に輝かしい夏の夜。しかし、いつか朝が来る。そして3人は三角関係に陥り、佐知子の元彼の店長に贔屓される僕は年嵩のバイトに嫉妬され、静雄の母は病んでゆく。2人が3人になることで、現実は重くなる。僕はひとり「時」の流れに抗おうとするが……。

染谷将太の白い顔は、すべてを受け入れるアルカイック・スマイルを浮かべつつ、氷のような狂気を秘めていておそろしい。石橋静河の歌う「オリビアを聴きながら」と剥き出しの背中の艶やかさは絶品。画面にヒビが入ったiPhoneを持つ僕は熱い柄本でなければならないし、萩原聖人のヤサグレっぷりは至芸。三宅監督の視線が、本屋のバイト先で生まれた後輩たちの恋にまで向かったことにほろっとした。金無垢の青春映画、必見である。

映画『きみの鳥はうたえる』

8月25日(土)函館シネマアイリス先行公開/9月1日(土)新宿武蔵野館、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開

『dele(ディーリー)』には脱帽である。山田孝之と菅田将暉がダブル主演。フリーのプログラマー坂上圭司(山田)が立ち上げた「dele. LIFE」という、デジタル遺品を秘密に抹消する会社に「何でも屋」の真柴祐太郎(菅田)が雇われた。「人を少しだけ優しい気持ちにすることができる」真柴を拾ったのは坂上の姉の弁護士で、ビルの持ち主でもある舞(麻生久美子)。坂上は難病で下半身が麻痺し車椅子生活を送っており、ハッカーに必要な「社交性と機動力」を真柴が補うコンビが成立する。

設定をまとめただけでワクワクする。金城一紀の依頼に応えて本多孝好が原案・脚本を担当し、「デジタル遺品」という最先端のテーマを細部まで練り込んで形にしている。実際、自分自身PCのデータはあまり残したくないから身近な話だ。第3話、老けメイクの高橋源一郎が謎の依頼人役で登場して、ちょっと驚いた。くだくだしい説明を避けるが、高橋の過去を知らなければ頼めない役。孤独な写真館の老店長として、いい味を出していた。寂れた港町の商店街で長い年月繰り広げられたドラマは、古いフランス映画を思わせる重厚な仕上がりで志の高さに感心する。

山田孝之と菅田将暉のコンビが溌溂としていて眩しい。所長として、面倒を避けたい坂上は「モグラ」という端末が鳴ったら、真柴が死亡確認をして、すぐさま都合の悪いデータを消したい。しかし、依頼人の部屋を訪ねる真柴は、人生最後の想いについ感応してしまい真実を追求したくなる。静と動。とはいえ、坂上は病気になる前はたぶんバスケの選手としてかなりのレベルにあったはずで、深い断念から電子の海に引き籠っている。クールで硬い表情と不愛想な早口の中にしばしば絶望をにじませるが、機転が利いて身軽な真柴の人情にほだされて、ときたま熱い心を取り戻す。単に明るいだけの人間でない真柴の過去は、いずれ明かされるだろう。

全話甲乙つけがたいが、とりわけ第2話が心に残った。自室でペンを握ったまま死んだ宮内詩織(コムアイ)が書いた一文は「やっぱりデータを消さないで下さい」。なぜか? 高名な音楽家の家を飛び出した詩織は、両親とほぼ義絶してひとりで暮らしていた。和解できなかった哀しみに浸る母親は真柴に「友達を探して下さい」と頼むが、父親は取り合わない。ペンのロゴからガールズバーを見つけ、真柴が最初に店に入った時の、あの何ともいえない微妙な空気。詩織をちゃんと知っているのか、知らないのか。データが開かれ、解き明かされた秘密に涙したが、私はラストの坂上の総括の言葉を先に口に出して留飲を下げた。バーの店長は、ここでも石橋静河。だんだん、ニュアンスに富んだ演技が板についてきた。

深夜ドラマだからこその冒険なのか、作り手側の熱気が伝わってくる。何か新しい表現があればいつも山田孝之がそこに居る。麻生久美子は金曜ナイトドラマ枠に『時効警察』以来11年ぶりの出演だそうだが、「永遠のファム・ファタール」が出れば外れはない。テレビの未来を感じるドラマ、よりテンションを上げて突っ走って頂きたい。

『dele(ディーリー)』 テレビ朝日系 金曜よる11時15分放送(※8月17日は11時45分から)

『義母と娘のブルース』は、綾瀬はるかの瑞々しい美しさを安心して鑑賞できるドラマである。妻と死別し8歳の娘がいる年上の男・宮本良一(竹野内豊)の家に、同業他社の「32歳の営業部長」岩木亜希子が母として入るという設定は、4コママンガが原作とはいえ突飛という気もしたけれど、すぐに慣れた。ギャグがあるから、娘の宮本みゆき(横溝菜帆)が「ブルース」と形容する哀しい物語も暗くならない。脚本は森下佳子。『世界の中心で、愛をさけぶ』『わたしを離さないで』でも綾瀬と組んでおり、いずれも中心に純愛がある。

メガネ女子の綾瀬は常にですます調でビジネス用語を多発、ハイヒールの音がいつも正確に同じリズムを刻み、子供相手にも90度の角度でお辞儀して名刺を渡す元キャリアウーマン役に真摯に向き合っている。鋭角土下座が十八番、いきなり「山林、険阻、沮沢の形を知らざる者は、軍を行ること能わず」と孫子をすらすら引用する「戦国部長」が「人恋しかったから」母となる。大胆な選択のようだが、清潔でちょっと浮世離れしている綾瀬だからリアルに感じる。

第3話、PTAに喧嘩を売り、運動会をひとりで仕切る話が愉快だった。PTA会長との和解を進める先生に「長いものにはまかれればいい。大好きなお父さん、お母さんがそうやっていたから?と思わせていいんでしょうか。私は大事な一人娘にそんな背中を見せたくありません」と啖呵を切り、余分なことばかりする義母に辟易していたみゆきがカッコよさにしびれる。でも、夫と元部下の田口朝正(浅利陽介)のニセ警官を動員しても、親たちの無茶な要求にひとりで応じるのはムリで、ついにはブチ切れる。怒りが湧き上がってゆくプロセスで少しずつ紅潮してゆく表情がえも言えず官能的だった。

竹野内豊がすばらしい。余命宣告をされる重い病にかかっていても、穏やかでノーブルで知的。常に「亜希子さん」という礼儀正しく呼ぶ低い声が儚なくてぐっとくる。「夜の営み」が井戸端会議で話題になり、仕事とカン違いした亜希子が「何らかのツール、道具が必要かもしれません」と口走るまで隠れて眺めている茶目っ気も好もしい。あの無限の優しさと透明感は、どこか小津映画の登場人物に似ている。竹野内はあっさりとドラマから去るようで、ちょっと寂しいが、気前の良さが大切。そして、次は麦田章(佐藤健)がキーマンですか。贅沢なリレーである。

「愛と死をみつめて」的な王道だけど、あえてコメディエンヌとしての綾瀬はるかの才能を活かす設定を選択した制作側の狙いがぴったり嵌っているドラマ。人は泣けと言われたらかえって泣けないもの。血のつながらない母と娘がどう成長してゆくか、見逃すわけにはいかない。

『義母と娘のブルース』 TBS系 火曜よる10時放送

『透明なゆりかご』は、海辺の街の小さな産婦人科に、准看護科に通う17歳の女子高生がアルバイトとして入り、医療現場の現実を知ってゆく物語。沖田×華のマンガが原作だが、脚本の安達奈緒子がかなりの再編集を加えている。清原果那が主人公の青田アオイを演じ、院長の由比朋寛役が瀬戸康史、水川あさみが指導看護師。いきなり中絶のシーンから入って度肝を抜くごとく、若い俳優陣が苛烈な医療現場の現実と立ち向かう。

母子手帳を持っていない妊婦。赤ちゃんを捨ててしまう女子高生。1型糖尿病保持者。歓迎されない妊娠がここまであるのか、想像の外だった。清原果那は大きく見開かれたつぶらな瞳で、たじろいだり涙を流したりしながら、懸命に目の前の「命」と寄り添おうとする。不器用でハラハラしてしまうが、この年頃ならでは生々しい感受性が花開いている。フレッシュで全力投球なのが好ましい。

単純なハッピーエンドを迎えないドラマである。親しくなった妊婦さんの町田真知子(マイコ)もまた、出産という母体にとっての大きな危険から逃れることはできない。誕生を待ち、病院の壁に可愛い動物の絵をワクワクしながら描いていた塗装工の夫・町田陽介(葉山奨之)の深い悲しみは、こちらも一応父親なので、胸がつぶれるような想いで見た。女子高生たちは自転車を全力で漕ぐ。速度でしか、やり場のない激情に抗うことができない。

正直、このドラマについて、冷静な論評はむずかしい。トシのせいか、最近赤ちゃんに弱いし、生まれたから幸福という話とは正反対だけれど、涙腺が刺激される。ともあれ、瀬戸康史は好演だと思う。設備や人員に限界のある産院で、折り目正しく患者と接する意欲的で清潔な医師の姿を、若さゆえの頼りなさも含めて、よく表現している。

田畑智子の尖がった演技を久々に堪能した。妊娠の途中で夫が意識不明の昏睡に至り、運命を呪わざるを得ない妻。怨念を一杯にした黒い尖った目つきで、振る舞いが覚束ないアオイを怒鳴るシーンの連続にハラハラする。子供は無事授かったものの、この後の厳しさを予感させる後ろ姿に心揺すぶられた。婦長役の原田美枝子は、あ、石橋静河のお母さんだった。

ぜひ、見て頂きたいドラマです。1話完結に近いので、今からでも追いつけます。清水靖晃の音楽もこの世界にぴったりで、心地良い。

『透明なゆりかご』 NHK総合 金曜よる10時放送

映画も含め、今回取り上げた4作はみな原作がある。メディアミックスを前提とした『dele(ディーリー)』を含めて、ドラマ化の制作側がもともとのエピソードの強さを生かしながら、かなり自由に世界を作り直している点で共通している。勢いで『きみの鳥はうたえる』を読んでみると、中心になるモチーフは同じとしても、映画とはまた別の感触の小説だった。なぜ佐藤泰志の映画化はうまくゆくのか、ぼんやり考えていたら、旧知の作家から「あのリアリズムが今、新鮮かもしれない」と教えられ、虚を突かれた。

確かに、佐藤の小説は一人称でハードボイルド風の短文で刻まれており、ただ出来事を追ってゆく。風景や心理の描写が短いので、読み手の想像力が限定されない。佐藤と同世代の村上春樹の小説が映像的なイメージを伴うファンタジーであるとしたら、行き方がまるで逆である。小説としてはどちらの方法でもいいのだが、映画にする場合は、ファンの期待する映像をどうしても裏切ってしまうのは春樹の方だ(マンガならば『ジョジョの奇妙な冒険』の実写化のように)。

フィクションの趨勢が二次創作的なファンタジーに向かう中、むしろリアリズムに踏ん張る方に可能性が広がっているのかも、という気がする。もとより、VR的な世界に覆われる時代が目前なのは承知の上で、小さな声で口に出してみたい。

(撮影:風元正)

風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。