Television Freak 第79回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんによるTV時評「Television Freak」。今回はテレビを新しく買い換えたのを機にGoogle TVを導入した話や、『育児刑事』(NHK)、『かしましめし』(テレビ東京系)、『波よ聞いてくれ』(テレビ朝日系)といった4~7月クールのドラマについて記されています。
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情報の民主主義


 
文・写真=風元 正

 
10年以上使ったテレビの液晶画面が割れ、どんどん傷が大きくなるので新しいのを買った。わが家はCATVを採用していて、地デジや多チャンネル化への対応はお任せだったが、到着した最新製品はまるで勝手がちがう。最初にスマホでGoogle TVのアプリ経由での設定を要求され、言われる通りにしていたらインターネット接続が確立して、ユーチューブやネットフリックスやアマプラでも、大画面で見ることができる。
地上波の番組をこなすので一杯一杯なので、インターネットの番組まで手を伸ばさないつもりだった。しかし、ユーチューブ動画は4K8Kが当たり前になっていて、「信州安曇野の清流」や「チベットの癒しの音」を見ていると、鬱陶しいワイドショーを見ているより気分がいい。MVも高画質になっていて、映像作家・井手健介がいかにブリリアントであるかよく判った。
予備のPCが壊れて1台しかなくなり、ネット動画からは遠ざかっていたのだが態度は一変した。在宅お仕事タイムはユーチューブ動画検索に費やし、「アナログばか一代」で知った曲を探したり、旅行動画を見たり、ホラーチャンネルの人気動向を探ったり。あらゆるジャンルに厖大な蓄積があり、地上波番組より自由度が高く精神の健康にいい。
当たり前じゃん、と笑われそうだが、Google TVがテレビに標準搭載されるようになったのはつい最近の話である。ネット動画をスマホやPCの小画面で見るのはイヤだけれど接続が億劫、という障壁が知らぬ間に消えるのは大きく、チューナーレスTVが売れているのも腑に落ちる。世の中を動かすのは、身近な技術的変化の方である。
ちょっと前、断腸の思いで20年以上使って来た競馬予想ソフト・ターゲットの使用を止めた。基本はスピード指数系でとても便利なのだが、みんな使っているので有利さが薄れて、月々JRA-VANのデータ料が見合わないと判断した。ところが、それはそれで不便で、ふらふらと3分の1以下の費用で済むnetkeibaの有料サイトに登録したら、なんと、ターゲットより情報量が多いのだ。
最近、当たり馬券の配当が前の感覚と比較して3割、いや4割近く安くなっている気がしていて、なぜかがよくわからなかったのだ。しかし、馬友に「情報が広く行き渡るようになっているんじゃないですか」と指摘されて、全面的に賛同した。つまり、かつてはごく一部で独占できた情報がなくなり、みんなほぼ同じ土俵で戦うしかなくなっているのだ。
実際、競馬場に集う若者たちの話を聞いていると、とても詳しいし情報もよく集めている。むしろ、ネットに不自由な中高年の方が情報収集で遅れをとっている。かつては血統診断が有効だったが、ウマ娘世代にとっては勉強すればわかるからハードルが低い。もうひとつの武器のトラックバイアスも、もはやみんなが知っている。競馬ファンの世代交代は、情報戦線の尖鋭化をもたらした。長年のキャリアは、予想の現場ではむしろ邪魔になりそうだ。
 

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数年前から地上波TV局は、通勤時間後から夕方までの番組の手を抜いている。ちょうど私の作業時間で、ずっとつけっぱなしなので気になるわけだが、「専業主婦」が激減し、老人しか見ていないのだから当たり前だろう。同時期に増えたのが配信狙いのドラマで、当初は粗製乱造の気配があったものの、最近では内容も落ち着いて、面白い作品が増えている。
今クールの私のMVPは前田敦子で、『育休刑事』と『かしましめし』という2つの作品で存在感を見せつけている。前者は育休中の刑事が赤ちゃんの育児中だから気づくヒントをもとに事件を解決してゆく、似烏鶏の小説が原作のミステリードラマ。前田敦子は主人公の刑事・金子大地の姉の、エキセントリックな法医学者役である。原色の派手な服を着こなし、頭はいいけれど行動は無茶苦茶で、すぐ事件に首を突っ込んで妙な推理を振り回し、金子が後始末をせざるを得ない展開となる。その妻の北乃きいが実は制服姿が凛々しい県警捜査一課長であり、女性管理職ゆえ周囲のやっかみを買いながら、最終的に事件を解決してゆく。ほのぼのとした展開で、赤ちゃんの「蓮くん」の成長も頼もしく、はいはいから立つまでを披露し、金子が優等生の育メンぶりを熱演する。
『かしましめし』はおかざき真里のマンガが原作のドラマで、デザイナーの前田敦子が元彼・トミオの自死によって美大時代の2人の同級生に再会して、一緒の部屋で暮らすようになり、さまざまな人々と食事を共にすることにより、心の傷が癒されてゆくプロセスを追う。前田敦子は憧れのデザイン事務所に就職したがパワハラで退職し、成海璃子は死んだトミオが所属していたラグビー部の元マネージャーで、順調だったキャリアが元婚約者の出世による左遷で崩れてしまう。トミオの元彼だったゲイの塩野瑛久もカミングアウト問題で悩みが深いというわけで、かつてならばドロドロになりそうな境遇がカジュアルに描かれ、「包まない餃子」「引っ越し揚げ」「シュクメルリ」などみんなで食べるごはんが美味しそうである。 
私は美大予備校時代の恩師を演ずる同世代の渡部篤郎の、何もかも失ったニヒルなクールさに惹かれてしまったが、こちらの前田敦子は上司の有名デザイナーから投げかけられた暴言のフラッシュバックに苦しみながら、少しづつ才能を開花してゆく道のりを繊細に演じている。『育休刑事』と『かしましめし』のどちらも、ありがちな日常を丁寧に描くドラマで、登場人物がフツーの人たちに近いのが好ましい。黒沢清映画に出演しているうちに、前田敦子はすっかり演技派になった。
近年、最も成功したドラマは『孤独のグルメ』ではないか、と思うことがある。もうシーズン10にまで到達し、還暦過ぎた松重豊も食べるのを止めたいだろうに、渥美清の寅さんと互角以上の人気キャラクターに育ってしまっては卒業不能である。『孤独のグルメ』も、日常性と祝祭感のバランスが絶妙であり、一応、輸入雑貨商の仕事もこなしているところがミソである。このリアリティの在り方が、70~80年代の中間小説全盛時代に似ている気もする。ああ、そういえば松重豊も『地獄の警備員』と『EUREKA』 の人だった。江口のりこの『ソロ活女子のススメ』は、「ソロサバゲー」とかをやっていた頃は新鮮だったが、すでにネタが苦しくなりつつある。


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ずらっと並ぶドラマの中には、制作陣がジャニーズの人気者をキャスティングすることに全精力を注いだと推測されるのも多く、今クールだと山田涼介主演『王様に捧ぐ薬指』は橋本環奈、重岡大毅主演『それってパクリじゃないですか?』は芳根京子の活躍により退屈はしなかったものの、どちらもおとぎ話感が強かった。月9の木村拓也主演『風間公親 教場0』も、共演の若手有望株が豪華なのはいいとして、もう3クールもキムタクがあの無口で何もかもお見通しというキャラクターを演じているから、やや食傷気味になった。若手の中では、母親の認知症に苦しみつい粗暴な振る舞いをしてしまう外れ者の刑事候補生を演じた染谷将太はやはり素晴らしい。
大河ドラマ『どうする家康』は、松本潤がどうしても戦国大名に見えない。『金田一少年の事件簿』『花より男子』『99.9 刑事専門弁護士』ときて、あの親父ギャク好きの弁護士からイメージが更新されない。湯浅学さんから「持ち直した」と聞き、ちょっと戻ってみる気になったものの、アイドルというのは罪な職業である。『ザ!鉄腕!DASH‼』を見るにつけ、城島茂のくたびれ方に親近感がわくのだけれど、もう50歳である。先輩の還暦アイドルの郷ひろみの人工性といったら……。
妻が「同じ人ばかり出ている」という通り、ゴールデンのドラマは脇役も含め、ほぼ固まったメンバーが回っている。波瑠も『魔法のリノベ』はまあ面白かったものの、すっかり似たキャラクターの人物ばかり演じるようになり、高杉真宙と共演した『わたしのお嫁くん』になると、もはや違いがわからなくなっている。美人だけれども実はスボラでサバけたキャリアウーマン役は、ニーズが高いのだろうか。
すでに既視感が漂いつつある山田裕貴と赤楚衛二のコンビが頑張る『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』は、通勤電車がタイムスリップしたばかりの頃は迫力があり、もうひとつの車両のカリスマ萩原聖人が妖しい演技を披露している半分くらいまではワクワクしたのだが、後半、愁嘆場ばかり増えてしまって単調になったのが残念だった。ドラマの出来は、結局、脚本に左右される。
その中で、こちらも連ドラ常連の小芝風花が崖っぷちのヤサぐれDJ鼓田ミナレを演じた『波よ聞いてくれ』は、テンポのいい毒舌が小気味良くて楽しい作品だった。小芝が大胆なキャラ変に挑んで役柄が広がり、今後への期待が膨らむ。とはいえ、文芸業界でも小説家がノンフィクションを書いたら全然売れない、というのが現実で、音楽業界でも一度ヒットするとその曲調を変えると無視されるらしく、「売れる」というのは本当にむずかしい。


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1997年にGoogleが登場した時は、あまりの情報検索の素早さ、的確さに驚嘆し、世界が狭くなった気がした。あれから四半世紀経って、莫大な情報の流通とSNSが当然の前提になり、また新たなる段階に入ったと見ている。私が地上波だけを見るようにしていたのも、単純に時間が足りないからだったけれども、もうユーチューブの沼にはまるのは必須である。配信も楽々見れるようになり、もう歯止めは利きそうにない。
ジャニーズや歌舞伎など、かつては聖域とされていた閉鎖社会の秘事もたやすく暴かれ、善かれ悪しかれ「透明性」が高まる中で、情報発信者はどのような道を歩むべきなのか。何年もかけて書いた一冊の本に人生を賭ける文筆家の身近にいて、つくづく大変な生き方だと感嘆していたが、その困難はかつての数十倍になったはずだろう。政治の世界で正しい民主主義が実践されることはない。しかし、「情報の民主主義」はもうすでに眼の前にあり、世界中の出来事や作品がすぐさま低コストで拡散してゆく。権力者が隠し事をしようとしてもすぐにバレてしまう時代、兆候を知るには地上波の変転を眺めるのが早道である。自由の味は蜜の味である。
映画『ペンタゴン・ペーパーズ』の主役は輪転機だった。パチパチ爆ぜるような心地良い音をたてながら、組まれた活字を一枚一枚刷り上げて行くプロセスをスピルバーグが舐めるようなカメラワークで撮影し、機械の躍動がそのまま、スクープの緊張と歓喜に繋がってゆく。残念ながらインターネットには印刷のような「人事」の興奮はなく、フロイトの無意識に似た何かが広がっているだけである。しかし、脳が外部に自分の似姿を出現させたと考えれば納得がゆく。
「海」に喩えるのはあまりの凡庸だが、情報に「溺れる」という感触が最も近い。この表層はカラフルでベースは無機質な世界をどう泳ぎ渡るか。俄然、興味が湧いている。


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。