Horse racing watcher 第7回

40年にわたって競馬を嗜んできた風元正さんがその面白さや記憶に残るレースについて綴る連載「Horse racing watcher」第7回。今回は先月末に開催されたジャパンカップのレース展開、さらにはワールドカップやプロ野球から、スポーツにおける「散文」的な精神や試合の読み方について論じられています。
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「散文」と「詩」の間 


 
文・写真=風元 正

 
江藤淳は1950年代末、わが国の宿痾として「散文の欠如」を挙げた。それは60年以上経っても変わらない。今回のワールドカップについて、ツイッター上で「日本は中東での闘いに馴れている」という記述があって感心したが、確かにサッカーシーズンが終った直後涼しい西欧から来てむし暑いカタールで走り回るのは大変かも、と思った。クロアチア戦でも、前半の終盤に白いユニフォームの動きがはっきり鈍って、中東の罠か、と喜んで酒を買いに出かけたのが失敗。
後半、モドリッチがゴール前から離れ、ハーフライン辺りをウロウロし始めるなど、遠目から高さを生かして前線に放り込む省エネサッカーに転じたクロアチアに対して、高い位置でボールを奪うカウンター戦術が基本の日本は対応できず、惜敗したのはご存じの通り。選手ひとりひとりの能力の足し算では大きな差はなかったはずだが、自他の戦い方を「散文」的に客観視する「批評」性の有無が勝敗を分けた。この差を4年間で埋められるのか。
もっとも、アジア予選やコスタリカ戦で示されている通り、身体が小さく俊敏さと連動性で勝負する日本チームは守備的な戦術をとるチームに弱いことはずっと解決不能で、その弱点を克服するためには地道な努力が必要だろう。三苫薫ばかりがフューチャーされているが、森保采配でも最重視されていた「人見知り君」伊東純也のスピードとサイドからの素早いクロスの方が普遍的な武器だった。早さにFWがついてゆけない処を改善すれば強豪国への脅威になりうるし、伊東のスタイルはより若い世代にも伝達が可能である。もうひとつ、日本史上最高のディフェンダー冨安健洋が当たりの強いプレミアリーグに移籍した時から故障の心配をしていたのだが、選手たちがより高いレベルに到達すれば、メンタルも含めて壊れるリスクも高まる。悩みは尽きない。
 

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ヴェラアズールによるライアン・ムーアのジャパンカップ勝利も、まさに「散文」精神に充ちた、圧倒的な技術力に支えられた勝利であった。2013年のジェンティルドンナ1着、15年のラストインパクト2着のどちらの連対とともに、内枠を生かして、脚を溜めに溜めてインぴったりから抜け出す騎乗はまったく同じ。勝った後ニコリともせず、馬は違っても必ず最短距離を走らせる氷のごとき冷静さはどのようにして育まれたのか。日本人騎手ならば、内で閉じ込められて叱られるのが嫌だから、安全に外を回してしまう。
ムーアの今年の勝利は、去年から物語が始まっている。近年はコロナで来日できず、去年は久々にJCで外国馬ブルームに騎乗してしばらく滞在する予定だったが、次週は乗らずにいきなり帰国。「裁判に出廷」とか訳の分からない理由だったが、巷の噂だとノーザンファームが用意した馬の質が不満だったらしい。たとえ冬のイギリスは競馬がお休みだとしても、世界の名手ムーア様に騎乗して頂くのは大変で、だから今年は強い馬をあてがったという。ちなみにラストインパクトの時は、私は人気薄で買えたので大儲けしたが、ヴェラアズールはGⅠ初挑戦なのにほぼ1番人気なのだから、最近のファンといったら……。
翌週の日曜日、中京競馬4R芝1400mの直線で、セミマルに騎乗した福永祐一がムーアのスカイロケットの外から思い切りフタをして邪魔をしたものの、軽々と弾き返されていた。スカイロケットは1着に突き抜けて、無駄な動きにより人気馬セミマルは脚を失い4着。もうすぐ調教師に転身するはずの福永、ちょっとカッコ悪い。
JCでも、ヴェラアズールと2着のクリスチャン・デムーロ騎乗のシャフリヤールに挟まれたと、ダノンベルーガ騎乗の日本人NO1騎手・川田将雅がゴール前、馬上で立ち上がって思い切り不利をアピールしていた。追うのを止めたせいで着順を下げたし、かなりみっともない。はっきりしているのはダノンベルーガが早仕掛けして外を回ったから負けたことで、ムーア様、2着馬騎乗のデムーロ、3着馬騎乗のダミアン・レーン、怪我してから不調だったデアリングタクトの闘争心を蘇らせて惜しい4着まで導いたトム・マーカンドの誰が乗っても、ダノンベルーガは内を回って勝利したのではないか。管理する怖そうな堀宣行調教師(ムーア大好き)はさぞかしお怒りであろう。
重賞で連敗中だった川田は、高いクラスではしばらく買う気にならないくらいひどい騎乗を続けている。先行して、外外を回して楽々抜けるような人気馬ばかり乗り、不用意に川田の前を横切るような危ない騎乗をする若手を怒鳴る川田の内弁慶は、世界のトップジョッキーがやってきたら通用しない。リバティアイランドによる阪神JFの勝利も、馬の高い能力に任せた安全第一の騎乗だった。
とはいえ、単純にインを突けばいいというものではない。外国人騎手が席捲する前の若手代表だった浜中俊は、2016年の東京新聞杯でダッシングブレイズに騎乗し、最内をついて抜け出そうとしたが柵に激突して危険な落馬。怖くなったのか、2009年のスリーロールスの菊花賞勝利の時のような大胆なイン突きはもう見られない。33歳にして老いを感じる。
2015年、ユニークな人柄で知られた後藤浩輝が自殺したのは驚きだったが、その遠因は岩田康成の進路妨害による落馬事故といわれている。ベテランの域に入り、騎乗馬が少なくなっていた後藤はインを突いて着順をひとつでも上げようと必死だったことはよく覚えている。しかし、より上位騎手の岩田も同じコースを通るスタイルで、ハタで見ていても意地の張り合いは察知できた。つまり、お互いに邪魔だったわけだが、それは命の危険を伴う諍いでもある。衰えた身体にムチを打って騎乗して、岩田と危険なインを奪い合った末に落馬して頸椎骨折した後藤の絶望を考えると言葉もない。もちろん、ムーアのように馬を自在に御す技術が伴えばいいわけだが、その達人ですら落馬を経験して一時、パフォーマンスが著しく低下した。ラクに稼げる仕事など世の中にない。
 

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ごく少数だが、日本人でもムーアのようなメンタルの持ち主は存在する。レッドソックスでストッパーを務めていた頃の上原浩治はすごかった。どんなピンチで強打者を相手にしても、ときたま初球、140kmの大リーグではむっちゃ遅いストレートをど真ん中に投げてストライクを取ってしまう。向こうの野球はスカウティングが緻密で、ウエハラはコントロールがいい、とさんざん叩き込まれるから、甘いストレートなど想定していない。その虚を突くわけだが、その後は打者に対して、打てるコースのボールを決して投げない。ああ、あの初球を打てばよかったのか、という後悔を利用して打ち取るのである。あらゆる球種をまったく同じ腕の振りで投げて、針の穴を通すコントロールがあるからこそできる投球術である。打者の顔つきから待っている球種を見抜くくらい、お茶の子さいさいだろう。たった一度だけ打席に立ったことのある稲尾和久(自慢!)も、同じタイプのピッチャーだった。
野球人として落合博満をずっと尊敬してきて、ねじめ正一さんと組んで『落合博満 変人の研究』という本まで出した。ところが、どうも期待したような生き方をしてくれない。むしろ、貧乏たらしいグチが嫌いだった「月見草」野村克也の偉大さが身に沁みてきた。落合には今のところ後継者が出ないのだが、野村の弟子、ヤクルト現監督の高津臣吾はすごい。村上宗隆のような大器をじっくり、天狗の鼻を折りながらより高いレベルに導く手腕は目覚ましい。用兵も正確である。あの遅いシンカーで打者を翻弄してヤクルト黄金時代の抑えを務められたのは、並外れた野球頭脳があったからか、と気づいた。
オリックス監督の中嶋聡は仰木彬を通して名将・三原脩の孫弟子である。野村山脈にも3代目が必ず出るだろう。今シリーズの三原派対野村派の戦いは、奥川恭伸という絶対の切り札を故障で欠いた分だけヤクルトが負けたものの、両チームの特徴は若手が育ち、躍動していることである。もちろん、ベテランにも礼を尽くし、自発的にお手本として振舞うよう促されてもいる。
三原や野村の采配の特徴は、発する言葉の「普遍性」にある。どちらも奇手を弄しているように見えて、実は論理的に考え抜かれた策を打つ。しかも、選手には種を明かさず自分で謎を考えさせるから、自然と力がつく。まだ現役なので容易に手の内を明かさない高津と中嶋も、たぶん、同じ流儀で采配をふるっているだろう。そして、決して選手に無理をさせないのが21世紀の指導者である。高津だけでなく、日本ハム監督、新庄剛志の動向も注目に値する。
落合流が伝承されないのは、あまりに高度で偏った技術を要求するので、選手がついてゆけない、という辺りが実情であろう。この関係は、三原・野村は「散文家」で落合は「詩人」、と云い換えることができる。元巨人ファンとして悲しい話だが、長嶋茂雄の「ポエム」は松井秀喜と上原浩治に伝承されているものの、2人ともほとほと巨人が嫌になって日本を飛び出した。その理由は、黒いユニフォームを着た今の巨人軍選手の、一様にかったるそうな動きが雄弁に語っている。今の巨人の選手たちはもはや、グラウンド上にないものと闘っているのではないか。野球気違いの友人は、「もう巨人の試合は見ない」と吐き捨てた。今の巨人軍にはまともな野球指導者は存在しない。
もちろん、和田一浩や井端弘和などが指導者として大成すれば、落合についての評価は変更する準備はある。打者としての落合は、ムーア様とも互角以上の強さを発揮していた。落合の薫陶を受けたたくさんの選手たちは頑張って、誰かが後を継いで欲しい。
 

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ワールドカップの事実上と見た決勝戦フランスVSイングランドには呆然とした。どちらもとんでもなく強い。そして翌朝、朝日新聞の潮智史記者の記事に、セレソンも「世界的な均質化の波」に曝されている、という指摘があり、深く納得した。確かにヨーロッパのビッククラブに世界中のタレントが揃えば、各国代表のサッカーの戦術や質に差異は生まれず、ある意味で素質(=身体能力・運動神経)勝負になってしまう。化け物エムバペはその象徴であろう。ジダンのような「哲学者」の風貌を備えた選手は、青山真治が愛したモドリッチで最後なのか。もちろん、日本にしても「均質化」の恩恵を受けている。「世界標準」で戦っている日本代表選手の中には、あまりに守備的な今回の森保采配について公然と叛旗を翻した者もいるそうだ。この本質的な議論を大切にして欲しい。
香港国際競争では、ウェリントン、カリフォルニアスパングル、ゴールデンシックスティ、ロマンチックウォリアーという香港の名馬たちの圧倒的な強さに痺れた。パンデミック中に、日本は馬も騎手も、より内向きでひ弱な国になった気配が漂う。しかし、ジャパンカップダートでジュンライトボルトを見事な騎乗で勝利に導いた石川裕起人や角田大和のように、ムーア様が目標と公言にする若手騎手たちの未来には希望が持てる。
ネイマールやエムバペは『キャプテン翼』の大ファンだという。「翼くん」になりたい、というモチベーションもまた現代的なのかもしれない。野茂英雄、イチロー、羽生結弦も同じく、ファンタジーに支えられたナルシシズムにより世界に羽ばたいた。夢見るロマンティックな「詩」の力と、あらゆる細部を現実的に検証する「散文」の力と。この乱世を生き伸びるためには、「詩」と「散文」を両手で抱えて歩かなければならないようだ。

 師走野に百年咲きし花一輪


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。