ペテルブルグ印象記 第0回

今年2022年10月からロシアのサンクト・ペテルブルグに留学中の映画研究者・映画作家、小手川将さんによる新連載。2月にロシアがウクライナへの侵攻を開始して以降、両国の戦争に関するニュースは毎日報じられ続けていますが、ロシアで暮らす市井の人々が何を思い、どのような生活を送っているかを知る機会は決して多くありません。この連載では小手川さんが今のロシアで実際に見聞きし、経験したことを記録してくれます。この第0回では、昨年留学の申請をして以降、渡航するまでの1年間の葛藤と、滞在開始から約2ヶ月間の暮らしについて記されています。
 

関係ないかのように


 
文・写真=小手川 将

 
今年、ロシアをめぐるわたしたちの視野は大きく変わってしまった。そんな非常な時代にロシアはサンクト・ペテルブルグに留学している僕に、滞在中の記録を書いてみませんかとご依頼があった。この時期にロシア留学記のようなものを寄稿するにはなかなかの覚悟がともなう。いったい何が書けるのか。たとえば、ロシアの政治体制や思想的背景を批判的に論証しながら現在のロシアの実態を伝える――というのは身に余るし、ほかに適任者はたくさんいるし、すでに日本語で多くの優れた論考も書かれている。しかし同時に、この時期だからこそ記し残さなければいけない別のロシアのイメージがあるような気もする。後に歴史を振り返ったときに現れるロシア点描画の、ささやかな一点になるような日常的な些事の記録、現在進行形のフォト・ルポルタージュ的なもの……。こちらで目にしたこと耳にしたことを自分の経験と思考のドキュメントとして書くというのであればできるかもしれない。自己と環境との接地面を書く。大仰に構えずなるべく等身大で。ということで、まずは今日までのあれこれを思い返しながら自己紹介のようなものを書いてみる。
 
ロシア政府国費留学プログラムという支援制度を利用して、一年弱のあいだロシア国立ゲルツェン教育大学の準備学部に留学するための申請をしたのは昨年11月。まもなくロシアのウクライナ侵攻が起きるとは露知らず。煩雑な書類手続きの先に待っている留学生活について、映画『籠城』の編集作業をしながら雑然と夢想していた。撮影が終わり、作品が完成したあとに自分がなにをするかについて思案していた頃で、この映画の観客をつくっていく具体的な計画を練っていたのだが、もうひとつ、ごく個人的で漠とした悩みもあった。ロシア文化、とくに映画芸術を専門とする一介の大学院生として今後どうするのかということだ。
このたび『籠城』を監督したのは間違いなく自分の選択だったし、まったく後悔していない。他方で、初めての規模での映画制作に奔走する中、研究に専念すべき大学院生の身分でありながらロシア語文献を読む時間さえまともにとれない日々を過ごしていることに、頭の片隅でずっと警鐘が鳴っていた。真に映画と出会ったと思えるきっかけが若松孝二だったからか、いわゆる正統な映画の専門教育を受けたことがなくても映画は監督できるという不遜な確信はあったが、研究活動にかんしては無理だと思う。すくなくとも一定の水準で研究者として認められるには、高度に専門的な知を習得して学術的な審査を経る必要がある。ある程度の期間、大学院に籍を置いていて、それはとても大変なことだとわかっている。そして映画を制作するのもとても大変な経験だった。そんな二つをうまく両立できるのかわからない。そもそも両方とも食い扶持を稼げてもいない。それでも映画(あるいは作品)をつくることと映画(ひいては芸術)について研究すること、その両方とも手放したくはない。かろうじて自分の身に引き留めているロシア映画の研究について考え直す機会が必要だと感じていた。
ロシアに行けば、あまり自信のない語学力をつけながら研究のためにアーカイヴ通いができる。アートギャラリーやシネクラブに出入りすれば芸術にかかわっているロシア人たちと出会うことができるかもしれない。幸運なことに人に見せられる自分の監督作品もある。ユリエヴェツという町には自分の主たる研究対象であるアンドレイ・タルコフスキーのアーカイヴがあり、そこには文章化されていない彼のインタビューの音声記録も所蔵されている。ペテルブルグからは少し距離があるが日本から行くよりも近い。それに、芸術都市と称されるペテルブルグでの日々に次なる創作につながるヒントも見つけたいし……
……とかなんとか、要するに、ロシアのいろいろなところに足を運んでいろいろな経験をして自分の生に活かすという実にシンプルでごく一般的な留学目的である。もっと言えば、とにかくロシアに行きたいというより単純で、およそ幼児的と言うほかないような感情が根底にあると思う。もとより理解したいことがらは自分の身体で経験するのが良いという現場主義的な考えが自分にはある。だから、助成をうけて長期滞在できるというのはそれだけで魅力的だった。ぶじに申請が通ったのでゆっくり渡航に備えようと考えていたのが1月末、そんな矢先に戦争が起こった。留学申請用のサイトはダウンして、ロシア側の担当者とも連絡がとれなくなった。
 
国際社会を覆う混乱や情動的高まりに呑まれながら日々の報道を見て、ロシアが絶対的に悪であることは疑いようがないと思った。こんな現況でも行けるならやっぱり行きたいとは思っていたが、こうなったらもうロシアには行けないだろう、まあ別の可能性を探れば良いだけだと徐々に気持ちを切り替えはじめていた春の終わり、留学プログラム自体は中止になっていないという旨の通達があった。それから、国際郵便でやりとりしているかのような速度で担当機関や申請先の大学とメールを送り合い、新たな書類を準備し、7月下旬、ようやく当初の予定通りに留学可能だと連絡がきた。
今のロシアに行くだけの有意義な目的を持っているだろうかと考え込んだ。愚図愚図として日々が過ぎ、9月から授業は始まっていたが日本での諸事雑事を言い訳に渡航を遅らせて、刻々と変化する時局もまったく好転しないまま、えいやと航空券を買って出発日が迫ってきたところにロシアで部分動員令が発動された。渡航前日、とある敬愛している方に、この情勢下であえてロシアに渡ってまで何をするというのかと強く叱責を受けた。どんな動機も確たる響きで言葉にすることができずにすっかり狼狽して、こんな時代でもロシア人と友情を築くことができたら良いと思っていると絞り出した。残念ながら最後まで納得してもらうことはできなかった。
 

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10月1日にペテルブルグに着いたので、これを書いている段階でロシア生活も早二ヶ月が過ぎようとしている。自分の誕生日に到着する便のチケットを買ったのは、今のロシアをめぐる状況とは無縁の意味を渡航という行為に付して踏ん切りをつけるためだったような気がする。
 

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到着してからは長々と書いてきた渡航前の難儀とは無関係に、ロシアに留学した外国人として怒涛の事務手続きが押し寄せてくる。すぐにレギストラーツィア(居住登録)、健康保険加入、学生証発行などを終えなければならない。昨年末から長期滞在者に義務化されたという指紋及び写真登録と健康診断には七時間もかかった。医者と役所というのはどこでもいつでも面倒で待たされるものだ。一ヶ月の家賃が約二千円の寮には冷蔵庫やベッドなど最低限の古びた家具のみ備え付けで、食器やら電気ケトルやらの日用品や食材を少しずつ揃えていった。理不尽な隣人トラブルが起きたので呪詛じみた嘆願書をロシア語で書き殴り部屋を変えてもらった。すべてが留学のいわゆる醍醐味というもので、おそらく侵攻前でも同じ経験ができたと思う。強いて言えばロシア国外発行のクレジットカードが使えないのはちょっと不便かもしれない。外食しなければ食費が高い印象はない。ジャガイモが1キロ20ルーブル(現在のレートで約45円)、良質なジョージアワインが300ルーブル(約660円)で買える。そんなふうに新生活を習慣化しつつ、映像制作を担当したカゲヤマ気象台さん演出の『QUAD』上演と、駒場キャンパスで開催した『籠城』無料上映会のアフタートークにオンライン登壇する。Zoomの接続が切れたあとの異様な疲労感にはまったく慣れない。
 
最近はART LAIRというシネクラブにたまに通っている。また、多くの映画、たまにコンサート、少しだけ演劇を観た。映画に限って順不同に挙げてみる。タルコフスキーの『アンドレイの受難 Страсти по Андрею』(1966)を劇場で観た。制作当時にクローズドで一度上映されただけでそれから百年近くフィルムが失われたと思われていたジガ・ヴェルトフ『ロシア内戦の歴史 История гражданской войны』(1921)が修復されたとのことで、ロシア国内公開初日に観た。コンサートだけでなく映画上映や講義なども行われるドムラジオ Дом Радиоというホールがあり、そこでのミハイル・カウフマン『春 Весной』(1929)の生演奏つき上映が強烈だった。アレクセイ・レチンスキー Алексей Ретинскийという若い作曲家が、客席の背後で、ガラスの鐘とカーヌーンというアラブ音楽の楽器とMacを映像に合わせて操り、平面的なスクリーンの空間と立体的にデザインされた音の空間が見事に融合していて、映画の上映方法の素晴らしい可能性を見た気がした。10月末に《Послание к человеку》という国際映画祭が行われていて町中の映画館に通った。ユリエヴェツに住む少年少女の青春を捉えたドキュメンタリー映画、マーシャ・チョルナヤ『それは私の血を流れる Это течет в моей крови』(2021)に映る一人の少年が、自分の母親はレジ打ちしてるけど一ヶ月の給料が一万ルーブルぽっち、だから稼ぐためにロシア特殊作戦軍に入りたい、ウクライナとの戦争に参加する、誰かを殺すためじゃなく守るために行くんだよ、と友人たちの説得を振り切りながら言葉を継いでいるシーンが心に残った。スイス生まれのアントワーヌ・カタンによる『祝日 Праздники』(2022)はロシアの七つの祝日にフォーカスしたドキュメンタリーという体裁だが、ナヴァルニ支持者の会合やフェミニストのデモが映っていたり、人種差別的な発言が目立つ女性が突然プーチン批判を始めたりと明らかに内容は政治的で、クライマックスには新年の挨拶をするプーチンがドンバスの塹壕近くの小屋のアナログテレビに登場する。正直観ていて肝が冷えたが、上映後の拍手は力強く監督との質疑応答も白熱で、締め括りに「世界に平和を! Миру мир!」と言う監督の短く淡々とした声の響きが印象的だった。こんな場所もあるのかと深く感じ入った。会場の都合で質疑が打ち切られた後も、ホワイエで観客たちが監督を囲んで質問攻めにしていた。僕はその後、アルゼンチンとポルトガルでつくられた実験映画のプログラムを観た。その上映が終わった後も監督と観客たちの問答は続いていた。
 

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しかし何てことのない日常である。料理は口に合うしお酒は美味しい。グレーチャ(そばの実)をよく食べる。映画の料金はだいたい日本の大人料金の五分の一くらいでありがたい。よく散歩をするがペテルブルグの都市の様子は平常時にしか見えない。報道によれば、部分動員令が出た9月21日以降、約70万人がロシアから国外に移り住んだという。ペテルブルグ都心部では空き住居が増え供給に比して需要が低下したことから賃料が前年比で15%近く下がったらしい。しかし、具体的に誰がいなくなって誰が残っているのか、町の何が変わったのかを僕は識別できない。平穏な日々を過ごせるように町はきちんと整備されている。たとえ同じ時刻に、ここから決して遠くない町の日常が破壊されているとしても。その破壊がまさに自分が暮らしている国家によって為されているにもかかわらず。VPNを通さないと接続できないTwitterやら何やらを見たり日本語や英語のニュースを読んだりして知る世界情勢の中でのロシアと、自分の生活しているロシアとの懸隔を直視すると目が眩む。一瞥をくれるだけでも負担を感じる時期もあった。日常の安寧のために徐々に心が麻痺してくる。留学生活について日本の友人知人たちに伝える中で、侵攻以前と変わらない日常を維持するのもロシア政権の方針の一つなのだろうと気づかされる。国際映画祭の運営には当然ながら政府もかかわっている。
 

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危うく忘れそうになるが、耐えがたい残酷な現実はロシアにもある。先日、日本の南北朝時代を研究しているというロシア人学生のコムナルカ(共同住宅)に招かれて宴席をともにしたとき、部分動員令の話題になった。その友人と、彼の隣室に住んでいる同年代の男性はともに健康状態に異常なく、適齢で、いつでも徴兵される可能性があると言う。目の前の彼らが動員対象である事実に動揺して、なんと応答していいかわからず、たしか部分動員は10月末に終わったってニュースがあったけど……と僕が言うと、あれには法的効力はないよとすぐに返される。大統領が発令したものだから。法令は大統領の言葉で、終了を告げたのは他の言葉。セルゲイ・ショイグ国防相とか他の誰かが動員終了を告げたって、実際に今後どうなるかわからない……。そうした事情は実のところ日本語のニュースで読んでなんとなく知っていて、慰めにもならないとわかっていたのに居た堪れなさから酷いことを言ってしまったかもしれないと後悔している。眼前の友人たちの口から発せられる自分たちの現実を語る声を聞く自分が動員対象ではないというギャップを意識せずにはいられなかった。僕の内心とは無関係にすぐに会話は切り替わる。日本に関心がある仲間内ではMIYACHIのKONBINI CONFESSIONSが人気らしい。眠れない夜は寮で適当なアルコールを一人で飲んでYouTubeライブで朝方の歌舞伎町を見ているよと話すと、ショーもアル中なのかと笑われる。次から次に呼ばれてくる彼らの友人、その友人……たちと酌み交わす。日本だったら苦手な空間だが不思議と居心地がいい。コムナルカの仄明によるものか自他の境界が薄い気がする。ビールとウオッカがメインの酒盛は朝4時半まで続いた。
 
もっと何気なく瑣末なことがらはいくらでもあったはずだがうまく書けず、ロシアだからとジャーナリスティックな基準に従わせようとして妙に力んでしまった気がする。大事なのは肌、舌、耳。零下の日が続くペテルブルグの11月も終わる。とにかく太陽が出ない。気休めにビタミン剤を飲んでいる。国外で年末年始を迎えるのは人生初のことだ。
 

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小手川 将

主に映画を研究・制作。2022年に監督作品『籠城』が完成。大学院での専門は映画論、表象文化論。現在の研究対象はロシア・ソヴィエト映画、とりわけアンドレイ・タルコフスキーについて。論文に「観察、リズム、映画の生──アンドレイ・タルコフスキー『映像のポエジア』の映画論における両義性」(『超域文化科学紀要』26号、2021年)。