Horse racing watcher 第6回

40年にわたって競馬を嗜んできた風元正さんがその面白さや記憶に残るレースについて綴る連載「Horse racing watcher」第6回。今回は今年デビューしたばかりの今村聖奈騎手の活躍や、7月に行われたセレクトセール(日本競馬協会主催のセリ市)のこと、そして9月8日に崩御されたエリザベス女王2世の競馬との関わりなどについて記されています。
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雪の妖精


 
文・写真=風元 正

 
夏の小倉は、今村聖奈騎手の輝きを茫然と眺めていた。2開催で16勝を挙げて、小倉ターフ賞を受賞。今年3月デビューの新人は粒が揃っていると評判で、角田晃一調教師の息子で兄の大和も活躍している大河が人気だったが、「今村は違う」という声も聞こえていた。18歳の愛らしい少女がさてどうなる、と注目していたら、新人の特権である軽量の有利さを生かした先行逃げ切りの手を使わず、差しの手を多用する。追い方が武豊に似たパタパタした感じで、やや力強さに欠ける印象を持ったのだが、ちゃんと伸びるから失礼した。最初は人気がなく、何度か美味しい馬券を戴いたが、勝ち星を重ねて過剰人気となり、斤量49kgで騎乗し逃げ切った北九州記念のテイエムスパーダはすでに買えず、勝利を素直に祝えなかったのが情けない。
父親が障害騎手の今村康成だと知ったのは、デビューしてからちょっと経っていた。16年現役で乗って通算45勝だから、レース数が少ない障害でも地味。ただ、2001年、10頭中最低人気のユウフヨウホウでG1中山大障害を勝ち、単勝万馬券で、こりゃ買えねぇわ、と降参したレースは鮮烈だった。上位人気を占める4頭があれよあれよという間に落馬し、2着で圧倒的1番人気だったゴーカイは勝馬の兄という、この一発だけで馬も騎手も記憶に残る不思議なレース。障害騎手は身体が大きく減量が難しくなるケースが多く、パパ今村はなかなか勝てずに辛酸を舐めたはずで、長女の聖奈が騎手になることに当初は反対していた。
しかし、親の苦労を知るからこそ、という生き方もある。パパ今村は、障害騎手としての経験を活かして調教助手に転身し、調教師を目指して頑張っている。新人とは思えぬ聖奈の大人びた騎乗は、やはり、父の背中をずっと見て、というか、単純に競馬中継をガンガン見ていたのだろう。この夏の小倉後半は過剰人気になり、ついつい捨ててしまったが、最終週の土曜日最終、1番人気のハイエストポイントに乗り、終始強気に立ち回って9馬身ぶっち切ったレースを見て脱帽した。仕掛けどころが正確だし思い切りがよく、ペース判断がきちんとできている。何より自分でレースを作ろうという気概がある。開催変わりの中京初日では、GⅠ戦線で活躍したスマートレイアーの娘スマートジェイナに乗り、断然の1番人気に応えて楽勝。ノーザンFの期待馬を任されてムチを入れずに直線を走り切るベテランのような騎乗だった。来年は桜花賞戦線を賑わすかもしれない。
くりっとした黒い瞳に丸い顔。体幹がしっかりしていて筋肉量も多そう。インタビューの受け答えは如才なくしっかりしているものの、実はやんちゃで負けず嫌いで、女王様気質だという。先輩、藤田菜七子がいたから、という感謝を忘れないのもいい。ついに本物の実力を備えた女性騎手が登場して、とても嬉しい。セイナさんならば、大丈夫。


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 初勝利を挙げた日の藤田菜七子騎手=2016年3月24日、浦和競馬場で撮影
 

今年のセレクトセールも盛況だった。1億円越えの馬は当たり前で、売り上げ総額257億円は最高記録。最高価格はモーリス×モシーン(牡)の4.5億円で、ITソフト企業のダノックスの野田順弘氏が落札した。私は日本の景気の行く末をセールの売り上げで占うことにしているが、とりあえずパンデミックも円安も富裕層には打撃を与えなかったという結論になる。実際、外貨建てで資産を持っていれば何の問題もない。
しかし、ヒヤヒヤするのは高馬の運命で、今年も億超えの高馬キングスウェイが8月のいわゆる最後の未勝利戦(3歳馬は勝てないと中央で出走がほとんど不可能になる)に出て10着に敗れ、話題になった。昔からセリの高馬は走らないと言われていて、セレクト組はだいぶんマシになったものの、競馬はピカピカの良血だからいい、というものではない。
1強牧場ノーザンFが新馬を楽に勝てなくなった、という話は毎年出る。今年の最初の勝ち上がり馬ダイヤモンドハンズは、期待の新種牡馬サトノダイヤモンドの産駒だが、2戦目の札幌2歳Sで3着して骨折。なんだかなあ、という結果で、2歳重賞の勝馬のすべて非ノーザンF。もっともインパクトの強かった小倉2歳Sの勝馬ロンドンプランはディープインパクトの仔グレーターロンドンの産駒で、やっぱりサンデーサイレンスの系統が強いのか、という話になっていく。牧場首脳はサンデー系でない新しい系統の種牡馬を出したいのは山々として、どうやら血統に応じた育成技術の開発が追い付かない。つまり、見た目だけの良血、という馬が増えるということだ。
ここ10年ほどの馬の中で飛び抜けた身体能力を持っていた馬はまずオルフェーブルだが気性難はどうにもならず。成功を信じていたドゥラメンテは超優秀だったが、どんな馬が走るのかパターンを摑めぬまま夭折してしまった。もう一頭のエピファネイアが実質的にNO1種牡馬として、“エピファタイマー”と陰口を叩かれる通り燃え尽きるのが早い。現役最強馬のドゥラメンテ産駒のタイトルホルダーは凱旋門賞をぜひ勝って欲しいが、岡田スタッドの生産で3歳春はあまりパッとしない晩成馬であるのが現状を象徴している。青写真通りに勝ってゆくのがかつてのノーザンF的な馬だったとして、最近はそういうパターンは少ない。
血統と騎手。私の予想の基本であるが、今年の春GⅠは1番人気全敗というトレンドはつまり、頼れるものは何もない、という状況を端的に示している。実は私が培ってきた先入観が古くなっているのは承知しつつ、アジャストするしかない。1億円超えの馬を毎年購入して平気な富裕層の方々も、我々には窺い知れぬ場での戦いがあるのだろう。それにしても、すぐ馬を引退させる風潮を無視して、8歳のマカヒキが京都大賞典を勝ったり、7歳のユーキャンスマイルが新潟記念を2着したり、大穴激走を演出する大馬主、図研の金子真人さんは超人ではないか。ディープインパクト、アパパネ、ソダシの馬主というだけでは済まない。
 

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9月8日、エリザベス女王が95歳で亡くなられた。深い喪失感に襲われて、我ながらびっくりしたのだが、第2次世界大戦の気配を濃厚に漂わせた人がついにいなくなった、という事に反応したようだ。私の幼少時、60年代はまだ戦争の影が濃厚で、TVドラマでも引揚者や戦災孤児が当たり前のように登場したし、繁華街では傷痍軍人がアコーディオンを弾いたりしていた。街頭からその姿が消えたのは80年代になってからで、でも昭和天皇がいれば「戦争」の感触はすぐ甦り、その対がエリザベス女王という時期が長かった。日本の近代皇室がモデルにしたのが英王室であり、両国の紐帯は深い。
何より、競馬好きだった。最近も、医師の制止を振り切って乗馬を再開していたと伝えられている。クラシック馬も何頭か所有し、今春もわが国が誇る種牡馬ディープインパクト産駒エデュケーターが2連勝し話題になった。ちなみに、ディープインパクトは女王陛下の名馬ハイクレアのひ孫である。名前を冠したエリザベス女王杯で勝った唯一の外国産馬がアイルランドのスノーフェアリーで、10年、11年と連覇した。キャリアのピークを迎えていた名騎手ライアン・ムーアを背に、モーセが海を割ったように馬群を抜け、内ラチ沿いピッタリをすごい勢いで駆け抜けた10年の勝利が忘れられない。
植民地支配、人種・階級差別などなど、王室はリベラルな価値観に相反する問題を抱える。エリザベス女王は、努力と人間的な魅力により、王室の価値を高めて行った。ダイアナ妃の輝くばかりの笑顔と悲劇的な死も忘れがたく、面影は2人の王子に宿っている。とはいえ、76歳で即位するチャールズ3世も大変だろう。そして私は、ついに女王陛下がいらっしゃるエプソム競馬場に行くことはできなかった。
またひとつ、「昔」が消えたか、という気分を反芻しながら車に乗ったら、J-WAVEの「GROOVE LINE」という、ピストン西沢がMCで24年間続いた長寿番組が終わるという。これもショックだった。秀島史香とコンビ時代が最高だったと思いつつ、4時30分から7時という微妙な時間に会社から引けて、車に乗れることは小さな幸福の証であり、その時間の友だった。禁止用語スレスレを走る西沢のスタイルは時代に合わないようで、曲がり角を実感する日々が続く。
しかし、競馬の秋は今年もやってくる。とりあえず、今年は有望な日本馬2頭が出る凱旋門賞の馬券を当てたいものだ。とまあ、当たり障りのないオチにしておいたら、13日、ゴダールが死んだ。私ごとき者が何かを付け加える気はしないが、強引に「20世紀」から引き剝がされた心地である。さらば、あの懐かしき日々の人々。
 
 星月夜女王去りて馬も啼く


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。