妄想映画日記 その142

樋口泰人の2022年3月1日~15日の日記です。boidにとっての一大事業が進展を見せ、5月28日公開のオムニバス映画『MADE IN YAMATO』の配給業務なども進めるなか、京都・兵庫でつかの間の家族旅行を楽しみます。また、マイク・ミルズ監督の新作『カモン カモン』やヴィム・ヴェンダース監督『アメリカの友人』『パリ、テキサス』『東京画』『ベルリン・天使の詩』についても。
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文=樋口泰人


3月1日(火)
結局寝たのが朝6時30分。11時過ぎに目覚める。大いに暖かいが、だからと言って調子が良くなるわけではない。身体のあちこちが痛い。事務所は寒い。暖房器具全開だが温まらず。風元さん、細井さん(バイトの細井さんとは別人)がやってきて、Kindleでの江藤淳全集のスケジュールや作業手順の最終的な打ち合わせを。わたしはその一方で、『MADE IN YAMATO』のチラシやポスター、試写状などの入稿作業。本当は誰かにやってもらうべきことなのだが、いろんなことがギリギリで進んでいるのでどうしてもこうなってしまう。まあでもひとつひとつ確実に。小さな実感のようなものが生まれる。そんなものはまやかしだ、ということも言えるのだが。
夕食後は気がつくと2時間以上寝ていた。遅れている作業をやり、それから某映画のシナリオ第1稿を読んだ。執筆者には、「エドワード・ヤンの『恋愛時代』を逆向きに、そして錯綜させつつ語る」というのを目標に、みたいな感想を書いた。なぜか同時にトーマス・ディンガーのアルバムをずっと流していた。このロマンティックだけど硬質な音の輝きのような映画になってくれたら。

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3月2日(水)
若干遅刻しつつ、なんと今年初めての吉祥寺。今年の一大事業の打ち合わせ。詳細はまだ書けないのだが、普通に生きている人が聞いたら呆れるような流れで事態が進行している。順調に進んでいることもあるし思わぬ展開でマジで運に任せるしかできないこともある。それらも含めてとにかくいい波を待ち、波と対話して、波の示してくれる道を進む。そのことに躊躇いはない。そこまで待つ。それだけのことだ。
あれこれしているうちに気づくと空はもう暗く、しかしせっかくなのでやはり今年初めてのディスクユニオンでキャバレー・ボルテールやスライ&ロビーを買った。夜はそれらを聴きながら各所連絡、社長仕事で朝。連絡不十分。致し方なし。

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3月3日(木)
朝6時30分に寝たのだが10時には起きねばならない。やることが多すぎる。自分で仕事を抱えない、やれる人にお願いする。もう否応なしの状況である。映画を観る時間がまったくない。打ち合わせ中に打ち合わせ相手に電話が入り、なんと家族がコロナ感染濃厚ということで、必然的に打ち合わせ相手が濃厚接触者となる。とはいえまだ確定ではないのだが、緊張感が走る。話を聞くとおそらく問題ないだろうということは素人でも予測はつくが、それでも万が一ということもある。検査の結果を待つしかない。
その他いくつかの緊急連絡が入る。フランスからも電話がかかってくる。もう、みんなギリギリである。でもなんとか対応していかないと先に進まない。来週末の予定も大きく変わる。諦めかけていた大事業が復活、一気に現実味を帯びる。いったいいくつ大事業があるのかという話だが、boidの規模でちょっと大きな話になったら全部大事業でありそれぞれの成果を考えると、すべて全力以外にあり得ない。自分の気持ちというよりももはや世界中を彷徨う映画や音楽や思想の幽かな魂の声に身体を乗っ取られたという気分である。いろんなものの見境がつかなくなっている。
気がつくと会社の銀行口座のオンライン作業のためのパスワード生成器がない。それがないと銀行作業がまるでできなくなるのだが、こんなことのないようにわかりやすいがなくすことはない場所に入れておいたのだが、どうやっても見つからない。あああそこで落としたんだとなんとなく思い当たり、その店に電話をするとやはり落としていた。確かにあそこでボーッとしていた。焦って荷物を取り出したり、その荷物を落としそうになったり、我ながらああ挙動不審だと思ったことも覚えている。まさに何かに乗っ取られていた。
夜は諸々の書類の整理。延々と整理と連絡。マイク・ミルズの新作のオンライン試写を観る気満々だったのだが、お預けで、今日は少し早く寝なくてはと頑張ってみたものの朝5時である。ああ。


 
3月4日(金)
10時過ぎに起きたのだが意識朦朧。やらねばならぬことが多すぎてイライラするばかりで何事も捗らず時間ばかりが過ぎる上に腹を減らした猫さまががっついて昼飯を食った挙句ド派手に吐き散らしそれを片付けているともう一方の猫さまが床におしっこをしている。もうどうしてくれようと思うもののされるがまま床拭きに精を出しすしかない状況を仕事は待ってくれない。それやこれやであっという間に夕方になるのだがその間に山梨の母親が転んで肋骨にヒビという連絡があり来週の予定がすっかり変わり来週末は猫さまではなく母親のしもべとなるしかない。夜はさらに意識朦朧で連絡半ばで寝る。


 
3月5日(土)
寝るつもりが布団に入ったら全然眠れず再び起きて、結局いつものように朝5時就寝。昼に起きるとまあ、いろんな連絡が入りこれは一大事、とにかくいきなり全力出さねばどうにもならないだろうみたいな感じにもなってテンションは上がるが現実は厳しい。井手くんからも新曲の原案みたいな音源が届く。これがまたいい感じで今後がひらけていく。夜はもともと約束していた食事に行くのだがそこの仲間も今回の騒動には関係していて否応なく引き摺り込むことに。こういうことも楽しいではないかと笑うが年末もそんな笑いで迎えたい。ただそれだけ。
マイク・ミルズ『カモン カモン』をオンライン試写にて観た。小さな映画。途中、「当たり前のことを永遠に変える」というようなセリフがあった。まさにこの言葉がこの映画のすべてを言い表している。永遠に変える、というのは、「当たり前」を「永遠の何かに」変えるというセリフで、つまりこの小さな日常の、カメラがそれを捉えなければその場で消えてしまいこの世に無かったことになってしまうわたしやあなたの言葉や仕草や胸の内の独り言や互いのやりとりや外から聞こえてくる鳥の声や風の音や車の音やああ今日はいい天気だと見上げた空や街ゆく人のそれぞれの会話や、それらとにかく日常の全てを、わたしとあなただけではなく世界中の誰にとってものかけがえのない大切な何かに変えて世界のあらゆる場所の見知らぬ人に届けるということだ。そんな映画が夢見たその夢をマイク・ミルズが見つけてその夢を自分の中に注入し世界を見つめ記録して夢の流れに沿ってそれらを並べる。「並べる」というのは、自分の中に注入した映画の夢をそこに注ぎ込むということでもある。その小さな夢の回路が「永遠」を生む。そんなことを思うだけで涙が出る。

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『カモン カモン』(配給:ハピネットファントム・スタジオ)
4月22日(金)より TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー



3月6日(日)
本日もいろんな連絡が入るが、やらねばならぬ別件もあり、地味にその作業をやりながら夜を迎える。そして夜遅くになって今度は吉報も入り一気にまた動き出す。歳とっていろんなことに動揺しなくなり大抵ヘラヘラしているが、さすがに今回は胃が縮んだ気がする。というか、まだまだ始まったばかりなので、慎重に確実に気を緩めずでもヘラヘラとゆったり構えておかねば。


 
3月7日(月)
早起きしないとならないというプレッシャーにどうしてこう弱いのかと我ながら本当に呆れるのだが、やはり眠いのに眠れず、ほぼ一睡もしないまま朝を迎え9時20分くらいの新幹線に乗る。年に一度の家族旅行である。京都で伏見稲荷、それから北陸本線か何かに乗って、園部、福知山、和田山、竹田。コロナの影響らしく特急が間引き運転で延々と各駅停車で4回くらい乗り継いだか。しかも特急の運休を分かっておらず、特急に乗るつもりで京都でもうちょっとダラダラしていたら竹田にたどり着いたのはホテルの夕食時間後になっていたはずで、わたしも思い切り眠かったし伏見稲荷で山道を歩いたので早めにホテルにということで京都駅に向かって正解だった。結局京都から4時間くらいかかったか。奇妙な駅名とかあって楽しかったが、こういう地名の由来とか調べるときっといろんなことが見えてくるのだろう。地元生産物などを使ったホテルの夕食もおいしく満腹になると眠くなるのだが予想通り早く寝たら朝4時前に目が覚めてしまった。各所連絡多数。

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3月8日(火)
眠れぬまま朝食を摂り山の上の城跡へ。竹田城跡というところで今から600年くらい前に作られたものらしいのだが、もはや上物はなく石垣だけ。そばまでバスが出ているのだが時間が合わず歩いて行くことにしたものの登り始めたらかなりの急坂と石段が鈍った身体に堪える。身体は悲鳴をあげるわけだが引き返すこともできないのでひたすら登るのみ。おそらく鍛えている人にとってはなんでもない山だとは思うのだが。このままだともう数年後にはこんなことはできなくなるなと、自分の身体の衰えを実感するばかり。まあでもなんとか山頂に辿り着いた。特に何があるわけではない。ただひたすら、この城を作るために資材を運んだ人々の苦痛を思う。一体何人がこのために命を失ったのか。そして、いざ合戦というとき、この坂を登って城に攻め入るのはいくらなんでも不可能だろうとも思われ、仕方ないので兵糧攻めをしていたのかとか、城の内部に配下の者を送り込んでいたのかとか。ちなみに角川春樹が『天と地と』を監督した時にこの場所をロケ地に選び、420トンの資材をヘリで運んで実際にこの石垣の上に城を築いたとのこと。それだけで3億円。春樹さんもたっぷりと戦国の殿様気分を味わったに違いない。

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その後、各駅停車を4回ほど乗り継いで、合計5時間くらいかけて城崎へ。多分直線距離だと新宿−甲府くらいの距離ではないかと思われる。各駅停車の旅を楽しむには少し体力が落ちすぎていて、とはいえ苛つく若さもすっかり消えている。つまりのんびりなんとなく居眠りもしながらぼんやりとしていたわけだ。とにかくようやく辿り着いた城崎は、春休みということなのか大学生くらいの若者たちがいっぱいで驚いた。山盛りのカニを食った。

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3月9日(水)
温泉寺というのに行く。温泉街のはずれにある山の中腹あたりにある寺で本日は昨日の反省からロープウェイを使って登ることにした。城崎温泉街が驚くほど若者が多く、若者向けに街の姿を変えようとしている気配が窺えるのに対し、こちらはありのまま。朽ちるままと言ったら言い過ぎだが何の飾り気もなく訪れる人々に対しての媚びは一切なし、ただひたすら約1300年間そこにあり続けたという歴史と風格漂う場所であった。本当に1000本の手を彫ったという千手観音像(弘法大師作と言われているらしい)はじめ、多くの寺の金ピカの存在感とはまったく別の、そこには確かに何かがあったという強烈な名残の感覚がひとつの形をなしていると言いたくなるような、存在と非在が重なり合った何かとしてこちらを睨んでいた。
そして鳥取へ。コナン空港から羽田へ。実質フライト時間は50分ほどで、東京から城崎温泉までの列車乗り継ぎの果てしない時間を思う。

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3月10日(木)
朝8時過ぎに目覚め。無理やり早起きの3日間のおかげでこの2、3ヶ月間のドラキュラ生活が矯正されるかもという淡い期待を抱きつつ、事務所で打ち合わせなど。今年は助成金を何とかうまく活用していきたいし、そこをうまくやれたらだいぶ希望が持てるとちょっと前向きな気持ちになるのだが、何よりも早起き暮らしが少し身につかないと、この前向きな気持ちは長持ちしない。そんなことを書く側から緊張し始め眠れなくなるのだが。

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3月11日(金)
11年前、足元が揺れ始めてからのことは鮮明に憶えているのだが、それまで何をしていたか、事務所でパソコンに向かっていたことは確かだがいったい何をしていたのかは記憶から完全に抜け落ちている。まあそんなものだとは思うのだが。いずれにしても、仕事は山積みで金はなくこんなに働いているのにどうしてこんなに貧乏なんだ俺に金をくれればあれこれ面白いことはできるのにとか何とか思っていたはずである。今と変わらない。時間だけがすぎた。
山梨へ。ミッションはふたつ。ひとつは今後のboidの一大事業となるかもしれないプロジェクトのミーティング。これまではboid単独での事業として動いていたのだがどうもうまくいかない。各所に相談するうちに一番困っている部分に助け舟が出た。両者でやればそれぞれの困っていたパーツが埋まる。そんなわけで今回のプロジェクトの舞台となる甲府の某所にみなさんで集まり現場見学しつつ、とりあえずそれぞれがどんなことを考えているかを話した。ようやくスタートラインに立ったという感じ。
もうひとつは母親の世話。先日転んで肋骨にひびが入りSOSが出たのである。夕方、ミーティングが終わると即行で身延線に乗り実家のある町へ。母親は今年93歳になるのだが、この年齢になるともう生協に何を頼んだのかぼんやりとしか憶えておらず、同じものを頼んだり、気持ちばかりが食べたくてつい頼みすぎたりで、冷蔵庫冷凍庫はもう満杯。冷蔵庫の中に、冷凍庫に入りきらなかった冷凍食品も入っていてとにかくそれらをさっさと調理して食わないと単に捨てるだけになってしまう。そんなわけで頑張って調理した。それなりに遅い夕食になってしまった。

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3月12日(土)
今週はとにかく無理やり早く起きて強制的に生活を早起きサイクルにするという意気込み。といっても8時過ぎに起きるのを「早起き」と言うかどうか。まあいい。とにかく朝飯を作り昼飯を作り買い出しにも行き夕飯を作り終電1本前の列車で帰宅した。他にはできる限り何もしないと決めていたので、それはそれで気持ちのいい1日だった。

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深夜に『アメリカの友人』。ロビー・ミューラーの仕事にあらためて驚かされる。カメラの位置、動き、フォーカスや陰影はもちろん、この映画に関しては大胆な色使いとその微細な変化。こういう色合いとその変化によって物語を語る日本映画を観たいと素直に思った。スタイルの問題ではなく姿勢の問題として。『寝ても覚めても』の佐々木くん、もう一踏ん張りしてくれないだろうか。

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『アメリカの友人』【4Kレストア版】 


 
3月13日(日)
ようやく自分の時間を過ごす。といっても山積みの仕事の帳尻合わせとなるのだが。
午前中から各所連絡。そして午後からはズームミーティング。1年がかりで進めてきた某プロジェクトがいよいよ現実化に向けて動き始めているわけだ。しかし緊迫した事態となっていることも確かで、その緊張感の中でいかにワイワイやるか。楽しみすぎるのだが、boidにとってはプロジェクトがでかすぎ、プロジェクトにとっては予算が足りなさすぎという状況なので、どんな結末が待っているのか。とはいえすでにその結末不明もまたお楽しみの領域に入ってしまっていることも事実である。まだまだ大丈夫。
夜は『パリ、テキサス』。『アメリカの友人』に続く、というかヴェンダースのフィルモグラフィでいうと『アメリカの友人』から『ハメット』を経てのこの色合い。そしてかつてはその風景ばかりに注目してしまっていたのだが、今こうやってみると、登場人物の顔、表情の映画であることがよくわかる。その上でのさまざまな色の変化。そしてロケーションや舞台となる家やモーテルやテレフォンクラブなど、これは京橋にあった頃の映画美学校のロビーや藝大の馬車道校舎のロビーをいろんな場所に見立てて作られた映画と同じだとか、そんなことを思いながら見た。つまり思い切り勇気をもらったわけである。やればできる。この映画も映されている風景は壮大で移動距離も半端ではないのだが、予算はギリギリ。もう粘りに粘ってついにここまでという状況が容易に想像がつく。もちろんそんなことはこの映画に限ったことではないのだが。だがたぶん、予算のない中でどうやって映画を作るか、という映画と自分の人生との距離感やスタンスがわたしが考えているものと近いのだと思う。『夢の涯てまでも』の終わり近く、オーストラリアに集まった登場人物たちが一晩のセッションをしてキンクスの「デイズ」を歌う。あの感覚。われわれはそうやって生きて行く。非常にシンプル。それだけのことだ。

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『パリ、テキサス』【2Kレストア版】 


 
3月14日(月)
朝からあれこれあって呆然とするばかり。とはいえやることはやる、やるべきことをやる、ということで皆さん意思はぶれない。ただ、どうやるかは慎重に、しかし迅速に進めないとならないこともある。
夜は『東京画』。そうだ、音楽はディック・トレイシーだった。80年代前半の東京と『東京物語』が交錯しながらヴェンダースのナレーションによって語られる。そのナレーションでも語られているように、現実の東京と小津の東京に加え、ヴェンダースの東京が重なり合い、もはやどこにもあり得ないゆえにどこででもあるような、途中ヘルツォークが語る「純粋な映像」ともまた違う、ヴェンダースにとっての「純粋な映像」が連なっていく。現実にここに住むわれわれには簡単には観ることができないがしかし確実にそれはこの東京にあってそれはおそらくこうやって映画を観ることによってのみたどり着くことのできる、しかしたどり着いてしまうとまさに今ここの東京に他ならない、そんな映像。われわれのDNAに刻み込まれているのではない、何か自分自身とは別のものに自分が変容するそのことによってようやくぼんやりと見えてくる映像。たとえばその「別のもの」を「無」と呼んでみたらどうだろう、というのがこの映画が語りかけてくることのようにも思えた。切符切りのパンチの音、パチンコの喧騒、重なり合う街頭ビジョンや店舗の音などにぼんやりと耳を傾け時間を過ごす。そこに子供たちの声が紛れ込み、人々の会話が紛れ込み、小津の映画やその名残やその思い出が流れ込む。そしてそこに時間が生まれる。

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『東京画』【2Kレストア版】 


 
3月15日(火)
『MADE IN YAMATO』の試写。事務所から持ち帰ったプレス用の資料を80冊ほど持って映画美学校へ。そこそこ重い。レコードよりはましかと思っていたら、気づくと右足の付け根から腰にかけてが痛い。いつもの箇所である。この1週間は城崎や山梨で重い荷物を持って歩いたのでその疲労も重なった。立っても座っても痛い。座ったほうが痛いか。何事もなかったかのように打ち合わせをしたりしていたのだが、その後訳あっての都内某所を巡る2時間ほどは辛かった。いつかやらねばならないことなので致し方なし。
夜は『ベルリン・天使の詩』。リマスターされた音響がすごい。『東京画』の東京のノイズであり「無」の流れでもある何かがベルリンでは天を舞っている。あれ、こんなにモノクロのシーンが長かったっけというわたしの思い違いも含め、まるで初めて観たかのように観た。そしてここでも『東京画』の時間が流れていることがはっきりとわかる。語り口も俳優たちの演技も全然違うのにこのひとつづきの感覚はいったいどこからくるのか。ユルゲン・クニーパーの音楽の力なのか。現実の東京の街の中に小津映画の子供たちを見たヴェンダースのように、見えないはずの天使に「見えるよ」と声をかけたピーター・フォークは実際に見えていたのだ。そういう映画なのだ。人々の心の声を聞くことのできる天使と、その天使を見ることのできる元天使ピーター・フォークのベルリンお散歩映画。『東京画』から一直線。

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『ベルリン・天使の詩』 【4Kレストア版】 



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「ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX Ⅱ」(※デザインは仮のものです)
『アメリカの友人』『パリ、テキサス』『東京画』『ベルリン・天使の詩』の4作品を収録
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価格:21,120円(税込)
© Wim Wenders Stiftung 2014
© Wim Wenders Stiftung – Argos Films
2022年5月25日(水)発売


樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。