妄想映画日記 その128

樋口泰人の2021年8月1日~15日の日記。いよいよ発売されたエクスネ・ケディのライヴアルバム『Strolling Planet ’74』の発送作業でてんてこ舞い。その合間に観た映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)(アミール・“クエストラブ”・トンプソン監督)や『ブラック・ウィドウ』(ケイト・ショートランド監督)などについても記されています。
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文=樋口泰人



8月1日(日)
昼はつらくて何もできなかった。夜は『ブラック・ウィドウ』を、お試しということでディズニープラスで観た。アカウントの取得と支払いの手続きがめちゃくちゃ面倒であきれた。あとから面倒なことになるより、最初の時点でさっさとふるい落として残ることのできた人たちだけで商売、というやり方にしか思えなかった。マーベルもフォックスも買収して、日本公開されるハリウッドメジャー作品の半分くらいを占めるようになったディズニー様のやり方は、真夏の日本で国家の金を使ってオリンピックを開催させようというIOCのやり方と変わらない。フランスの酪農家の方たちが政府の方針に腹を立てて、家畜の糞をマクロンの家にかけたという記事を読んだが、日本でもこんなことできないかと妄想が広がる。いずれにしても、昼間はぐったりしていたくせに、夜は大暴れ寸前である。
しかしまさかこんな形で「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」を聴くことになるとは。「ハロー、ハロー」というあのフレーズが、30年経った今も確実に耳元で鳴っていることに気づかされた、ということか。一方少女時代のブラック・ウィドウの妹が車の中で歌うのがドン・マクリーンの「アメリカン・パイ」で、ああ中学時代のわたしもよく歌ったと思い出していたのだが、映画はそれから20数年後。そしてその歌詞の中の「The day that I die」というフレーズのあたりが印象的に使われていて、この映画の不吉な物語を予感させる。しかし、この歌詞はそのちょっと前にある「The day the music died」に呼応していて、音楽の死と自分の死が並べられることによって成り立っている歌詞なので、その片方だけが切り取られて歌われたら、単に言葉の意味だけが音楽を超えて独り歩きするばかりである。この映画を観る限り、彼女とブラック・ウィドウはそういった意味を生み出すシステム、あるいはシステムが生み出す意味に対して戦っているようにしか思えないのだが。このブラック・ウィドウの可能性を別のやり方ではっきりと見せることはできなかったのか。



 
8月2日(月)
エクスネ・ケディのチラシが届いた。ライヴもなかなかできず、例えば映画館でもチラシの手渡しは行っていないという時節柄、果たしてどれだけの効果があるのかよくわからないのだが、まあこのチラシ自体がいったい何なのかわからないただの怪文書。なかなかいいものが出来上がったとニヤニヤした。そしてようやくついに申請していた助成金が決まったという知らせ。当初の結果告知予定より1か月以上遅れてイライラもてっぺん超えてあきらめに入っていたのであった。新企画の準備が忙しくなる。

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8月3日(火)
1か月ほど前に作った眼鏡の再調整のために吉祥寺の眼鏡店に。たぶんこの再調整で世界はよりはっきり見えてくるようになる。お祝いも兼ねて、久々にレコードを買った。ASWADのダブが爆音でかけると空間を揺らし、「世界がはっきり見えたところでどうすんだよ」と問いかけてくる。

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8月4日(水)
渋谷の予定が吉祥寺にてミーティング。2日続けて吉祥寺なのに、火曜日と水曜日はピワンの定休日である。ミーティングでは、秋の新しい企画について。内容は面白いのだが、これでいったいどうやって稼ぐのか? それが見えない。たぶんこういうことは、わたしの個人活動でやるとしたらギリギリ何とかやれるのだが、わたしのほうが端から個人活動をする気がない。誰かを巻き込みゲストの力を借りておかしな方向に行けたらしめたものと思っているから、予定通りにはならないし時間も金もかかる。簡単には行かない。
夜は『サマー・オブ・ソウル』オンライン試写。ライヴ収録されたものの半世紀間そのままになっていたフッテージをひとつの作品としてまとめたものなのだが、ある日のライヴをひとつの時間軸で見せていくというわかりやすい構成ではない。と言うか1週おきに6回、ハーレムの公園で行われたライヴをまとめたものなので、順番通りやっていたら大変なことになる。そのライヴがどんな意味を持っていたか、何のために行われたか、それによって世界はどんな風に変わったか、あるいは変わらなかったか。あくまでも現在の視点から時間を行ったり来たりしつつ、そのライヴに関わった人たちの思いや願いや生き方とともに音楽を聴き、時間を再構成する。監督はザ・ルーツのクエストラブだった。音のつなぎが絶妙なはずだ。もうそれだけでご機嫌になってしまうのだが、場所と時間を飛び越え繋ぐ仕掛けはあれこれある。50年ほど前の自分のパフォーマンスを観ながら語る現在まで生き延びたミュージシャンたちの表情や声が、われわれにもうひとつ別の視線を与える。個人的にはフィフス・ディメンションのふたりの現在の表情にウルっときた。
しかし、このフェスが行われていたときに達成された月面着陸との対比のシーンは、今東京で観るとまさに今ここでの出来事のように思える。このために50年間この作品は放置されてきたのではないか。観客が言う。「月面着陸に使う金をハーレムの貧困を救うために使ってくれ」。こちらは東京五輪真っ最中である。このライヴには6回で約30万人の人が集まったという。すべて無料。スポンサー集めをはじめ恐るべき行動力である。
ああそしてスライ&ファミリー・ストーンの最後の演奏「ハイヤー」の冒頭。スライがマイクを口元に近づけすぎて、完全に音が割れている。もうプロとしては完全NGな演奏なのだが、まさにそれこそスライ。その他の演奏も完全に制御不能な力を画面全体から出していた。通常の映画ならこのシーンは入れず、あるいは最後にはせず、ニーナ・シモンで美しく終えてひとつのイヴェントに区切りをつけるのだろうが、この映画はそうしなかった。音の割れた「ハイヤー」が映画の終わりを閉じることなく、どこでもない場所ではなくどこかわからない場所への道のりを示す。それでいいのだとスライが歌う。ユートピア的な終わりにひび割れを入れて、さらに上へとわれわれを誘い出すわけだ。最高である。


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© 2021 20th Century Studios. All rights reserved. 
サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』
 8月27日(金)全国公開 (配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン)


しかしいったい、どうやったらこんなライヴができたのか。東京なら、代々木公園をじわじわとでたらめな場所にしていくことができたら可能なのか。そういえば『PARKS』の公開時に井の頭公園で劇団のロロによる公演を行ったのだが、その中で春先に集めた桜の花びらをばら撒く場面があって、その時公園の管理責任者がブチ切れて「とにかくあの花びらをひとひらも残さず片付けろ」と怒鳴られたことを思い出した。たぶん、今のニューヨークでもあんなことはできないだろう。どうしてこうなってしまったのか。生き残ったミュージシャンたちが50年前の自分たちを見るのとはまた少し違った目で、われわれはこの映画を観ることになる。


 
8月5日(木)
事務所作業の後、厚木に向かい、あつぎのえいがかんkikiでの爆音上映の準備。『アメリカン・ユートピア』『ストップ・メイキング・センス』『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』『ビーチ・バム』の4本。この映画館は映像機器システム社というまさにそのまんま映像機器を扱う会社の運営する映画館で、スピーカーがほかの映画館とはまったく違う。21インチのバカでかいウーファーがスクリーン脇にドーンとあって、パワーがすごい。機材持ち込みなしでフル爆音ができるシステムである。逆に、その分だけ、扱いが難しい。ボリュームを上げると、低音がもう半端なく暴れ出す。以前『大和(カリフォルニア)』『TOURISM』をやった時もそうだったのだが、とにかくこの低音を落ち着かせるのに思い切ってガツンの低音を切らないとどうしようもないということがわかるまで時間がかかる。何度もやるようになったら、もはやこの低音ベタ抑えをデフォルトにしてもらってからの調整をすればいいわけだ。とにかく全体のバランスが整ってくるといい音がする。爆音に飢えている方がいたら是非とお勧めしたい。しかし『ビーチ・バム』の音のバランスはとんでもなかった。頭狂った人が音を付けているとしか思えない。それ故にこれが正解なのかどうかもわからない。YCAMでも爆音上映するので、その時はさらに違ったことになるのではないか。映画の音自体が酔っ払っている。終了午前1時30分。


 
8月6日(金)
ホテルが10時チェックアウトだったため、延長してゆっくり寝るという選択肢もあったのだが何となく早くから動くのもいいかなと思い、8時過ぎに起きる。無理やり起きたので、やはり延長してゆっくり寝ていればよかったと思うばかり。ボーっとしながら事務所で発送作業など、でも相当頑張った。夜は今夜こそ早く寝ようと思っていたのに失敗し、ほぼ寝られないまま朝を迎える。


 
8月7日(土)
仕方ないので朝飯を食い、ようやく眠くなってきたので床に就いたのが8時前。気が付くと13時30分。台無しではあるのだが、眠れただけましと思うしかない。井手くんから連絡あり、エクスネのアルバムを送った町田康さんがツイートしてくれたと。お見事なツイート。おかげで注文が断続的にやってくる。ありがたい。しかし金曜日の発送作業の際にわたしがあれこれミスをした報告が寄せられしょんぼりもする。こうしたことを人に任せられるくらいboidの運営が楽になるまではもうちょっとと言い続けていったい何年が経つのか。いやでも本当にもうちょっとなんだけどねえ。とかなんとか言ってるうちに眠くなり、夕方の昼寝。夕食後も眠くて何もできず、しかしちゃんと寝てみたら1時間で目が覚めてグダグダしているうちに夜が明け、朝食。


 
8月8日(日)
12時30分に目覚め。土曜日よりましかなと思っていたのだが、昼食後再び眠くなり、何をすることなくソファで寝てしまった。夕食のときについていたテレビでオリンピックの総集編みたいなことをやっていていらいらしながら観ていたせいか胃が重くなりまた寝てしまった。勇気も感動も希望も五輪のお礼に開催権を日本にくれるという世界陸上も血まみれにする映画を観たくてロブ・ゾンビの『スリー・フロム・ヘル』。しかしこちらのいら立ちのほうが強くて、スージー・クアトロ「ワイルド・ワン」が流れたときだけは盛り上がったものの、残念ながらあとは釈然とせず。腹立ちまぎれに映画でうっぷん晴らそうとか思ったらいけないね。その意味では正しい映画であった。しかしテリー・リードがこんな形で使われるとは。



 
8月9日(月)
調子悪い。全然だめ。ぐったりしながら事務所で発送作業。


 
8月10日(火)
延々と発送作業。ネットでの先行発売の最終日ということもあって、日付が変わるまで次々に予約が入る。ありがたい。その分発送作業は大変になる。想定を大幅に超えている。でもありがたい。


 
8月11日(水)
更に大発送作業。終わらず。終了23時過ぎ。


 
8月12日(木)
なんと、いつも使っている宅配業者が本日から夏休み。あ、お盆だ、ということにようやく気付く。したがって、発送は郵便局から。とにかくレコードの発送は料金が高くて、いやどうして送料無料にしたんだろうと、来月の宅配便請求額が頭の中を駆け巡る。でもとにかく車で郵便局に持ち込み2回。


 
8月13日(金)
発送作業の中で全然できなかった事務作業延々。その後、某企画の打ち合わせ。気が付くと夜。やるべきことがまだ全然できない。5分の1くらいか。睡眠さえ何とかなればもうちょっと作業は進むのだが。夜は、再度『サマー・オブ・ソウル』を観て興奮してまた眠れなくなる。


 
8月14日(土)
6時過ぎにようやく寝る。12時前に起こされ、慌てて取材の準備をして14時から『サマー・オブ・ソウル』の取材を受ける。同じ年に行われたウッドストックと対比しながら語るというやつで、はじめはぼんやりしていたのだが、比べながら話していくうちにいろんなことが見えてくる。
その後、再調整の終わった眼鏡のレンズの装着のため吉祥寺へ。いったん眼鏡を預け、眼鏡が出来上がるまでの時間に高円寺に戻りロスアプソンへエクスネ・ケディのアルバムを納品。山辺くんは相変わらず。そして吉祥寺に戻り、HMVに寄って74年発売のアルバムを買った。これまで73年発売のアルバムを意識して集めていたのだが、今後は74年になる。

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8月15日(日)
結局またもや寝たのが朝。6時は過ぎていた。11時過ぎに目覚め。思わぬ連絡が入って盛り上がる。でもとにかく身体がグダグダ。昼寝もしてしまう。足からきのこが生える夢を見た。見つめていたら縮んで足の中に納まっていった。目覚めても具合悪く、このままではだめだと部屋の掃除をした。各所連絡の際にツイッターを見ていたらデヴィッド・クロズビー(ピーター・バラカンさん曰く「ズ」なのだそうだ)が昨日80歳の誕生日、ということを知る。曲作り、録音、続行中とのこと。なんだろう、他の人ならスルーしたはずなのに、なんか一緒にお祝いをしたくなる。



樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。Exne Kedy And The Poltergeists『Strolling Planet ’74』LP &CDが8月11日より発売中。9月17日(金)~26日(日)に京都みなみ会館にて「【boidsound映画祭】音楽映画特集」、10月1日(金)~3日(日)に札幌市民交流プラザにて「PLAZA FESTIVAL 2021 札幌爆音映画祭」開催。