妄想映画日記 その125

樋口泰人の2021年7月1日~10日の日記。『恐怖の映画史』Kindle版がようやく完成し、エクスネ・ケディのレコードも3ヵ月以上遅れて到着したのも束の間、boid/Voice Of Ghostの新プロジェクトが続々と(資金が追い付かないまま)動き出しているようです。カネコアヤノさんのライヴや、ツッコミどころ満載のひとりルーニー・マーラ映画祭についても。
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文=樋口泰人


7月1日(木)
昼夜逆転生活に戻ってしまうと昼の具合悪さが半端ない。ダメダメ一直線。やらねばならぬことはあれこれあるのだが、とにかくひとつできたら良しとする、というくらいな気持ちでいないと何をやってもダメで落ち込むばかり。何に対してなのかよくわからないのだが無性に腹立たしくもあり、いたずらに腹を立てる。この4月から月次支援金というコロナで打撃を受けた個人や企業に対する支援金がスタートしたのだが、これが、昨年、あるいは一昨年の同じ月の売り上げの50パーセント以下の個人や企業が対象という大前提。少しでも支援金をもらえたらと申請の手続きをしてみたのだが、やはり売り上げ50パーセント以下というのがネックだった。ちょっと考えてみてもくださいよ、コロナから1年以上もたってまだ売り上げが50パーセント以下だったりしたらもう倒産してますよ。売り上げ50パーセント以下になりそうなところを少しでも何とかしようとあれやこれや頑張って、60パーセント、70パーセントにしてしのいできているのに、その苦労はどうなるんでしょうか? と、天に向かって訴える。まあ、想定としては飲食店など、協力金などが出ている上でのその補助的な役割の支援金、ということなはずなので、boidのようにどこからも補償してもらえないような会社のことは視野に入っていないということなのだろうけど。

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夜はルーニー・マーラ祭の始まり。最初はやはり『ソング・トゥ・ソング』にも出演していたケイト・ブランシェットとの『キャロル』を観ようと思っていたもののつい『ドラゴン・タトゥーの女』。昨夜、フィルモグラフィを確認するまで、主演がルーニー・マーラだとはまったく認識していなかった。2、3回は観ているはずなのだが。そして認識してから観ても認識できない。最後、金髪のかつらをつけてようやくつながった。まあこの映画の髪形もメイクも、原形をほぼとどめないものになっているから仕方ない、という言い訳。でも最後はやはりほろりと来る。このまるで青春映画みたいな終わりと、「移民の歌」が流れる始まりのいかにもデヴィッド・フィンチャーというメタリックなイメージとがなかなか結び付かず、そこが不満でもあり面白くもある。ほかのフィンチャー映画にはない味わい。こういうバランスの悪い映画をもっと観たい。例えば『ゴーン・ガール』や『Mank/マンク』にルーニー・マーラが出演していたら、とか考えてしまった。



 
7月2日(金)
昼近くの起床となり正午からの整骨院ギリギリ。圧倒的な低気圧のおかげで本日もまともに生きられず。かろうじて『恐怖の映画史』Kindle版最終チェック作業終了。これであとは、Kindle化のフォーマット作業をするばかり。20年前のCD-ROMからデータを引っ張り出しての作業だったこともあり、時間がかかった。著者確認&修正も大変だったと思う。基本的に当時の状況のままということにしたので、まだパッケージ化もされておらずもちろん配信などない不自由な時代の欲望渦巻く空気とともに読んでもらえたら。

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その後送られてきた某映画のプロットを読んだらこれがまた面白く、俄然足元に力が入った。金はまったくないが、やることはある。
夜はガス・ヴァン・サントの『ドント・ウォーリー』。観逃がしていたのだ。伝記が原作ということもあっていくつもの時代のエピソードが語られるのだが、その語り口が時代順に第三者の視点で語られるのではなく、すでに四肢麻痺の漫画家として名声を得た時点での講演会の語りがベースになる。だが途中に、アルコール依存症のグループセラピーでの語りも入ってきて、そこからも過去に入る。そうこうしているうちにいったい今目の前に見えている「過去」はいつの視点から語られたものなのか、よくわからなくなるのだが、物語自体が混乱することはない。狂人の回想ではなく、あくまでも普通の人の回想として、しかし微妙に混乱する過去、時間の流れがこちらを別世界に誘う。そこに登場するのがルーニー・マーラで、まるでこの世にはいない天使のような役割。伝記ではどんな扱いなのかわからないのだが、彼女だけは実在の人物ではなくフィクションなのではないか。あるいは実在していたとしても実際にはそういう関係にはならず、主人公の人生の可能性のひとつ、そうであるかもしれなかったあり得たかもしれない過去としての記憶。そんなおぼろげかつ決定的な人として、ルーニー・マーラがあまりにちょうどいいので驚いた。



 
7月3日(土)
2度寝して起きたら13時。台無しである。日曜日が天候悪いようなので散歩を兼ねて都議選の期日前投票に行った。列はできていないが途切れなく人は来ている。杉並区は6人のところに12人立候補していて、まともに頑張ってくれそうなのは3人くらいという判断で、その中ではおそらく当落線上ギリギリ、という方に入れた。
夜は『ソーシャル・ネットワーク』。これにもルーニー・マーラが出演ということで、もう何度観たかわからないのに「いったいどこに?」という状態。しかしいきなり彼女の顔からスタートしてびっくりした。冒頭のジェシー・アイゼンバーグとの早口のやり取り。ああ。そうか、この後で『ドラゴン・タトゥーの女』になるのかと納得。『ソーシャル・ネットワーク』のほうは、何度観てもやはり後半の大音量で音楽が流れるクラブの会話のシーン。権利さえ何とかなったら、爆音上映であのシーンがどう聴こえるのか確認したい。大音量の音楽のボリュームを落とさぬまま、ふたりの会話がはっきり聴こえるのだ。配信・パッケージ用の2チャンネルの音源がうまく作られているだけなのかもしれない。で、それより少し前のデッド・ケネディーズが流れるところは、記憶の中ではもっと長く流れているのだが毎回「あれっ」と思うくらい短くて腰が抜ける。そしてそうこうしているうちに朝。昼夜逆転が戻る気配がない。



 
7月4日(日)
友人からルーニー・マーラとホアキン・フェニックスが夫婦で子供もあって名前がリヴァーと知らされて愕然とした。尋ねたら、妻も知っていた。わたしが人間に興味なさすぎるのか。


 
7月5日(月)
寝るのに失敗して早く起きたものの結局11時くらいに寝てしまい、目覚めると13時前。果てしなくグダグダである。もう1週間も事務所に行っていないのでとにかく無理やり事務所に。郵便物などの整理だけでも大変である。「爆音映画祭」の商標登録の後半分の入金をしないといけないのだがやり方がわからず特許庁に問い合わせると、すべての書類はWEBにアップしてあるのでそれを確認して送付、入金をしてくれとの指示。全部自力でやれということであるのだが、アクセスしてみると、どの書類が今回の作業に該当するのかまるで分らない。しかも、間違えたら受け付けてもらえないだけだから、再度自力でやり直しということのようだ。こういう面倒な作業を乗り越えられる人しか相手しませんよ、ということなのだろう。わからぬではないが、結局こちらは中間業者に依頼せざるを得ないわけである。たかだか登録の後期5年分の料金を支払うだけのことでそれはない。わたしが慣れていないだけなのか。歳をとるとこんなことばかりが増える。キャッシュディスペンサーに向かって怒鳴る老人一歩手前である。あとは終日へばっていた。本当にひどい。

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7月6日(火)
カネコアヤノ@LINE CUBE SHIBUYA。2階席なので音はそんなに良くない。ボーカルにも深いディレイがかかっているので歌詞もほとんど聴き取れない。それでも何かが伝わる、圧倒的なパワーというのではない声の力がこちらの身体を揺さぶる。ディレイがかけられた声の靄のようなものを突き破る小さなエネルギーの粒が会場に降り注ぐ。そんなライヴだった。気が付くとそのエネルギーの塊はひとりになって小さなエネルギーの在りかをそっと示し、消えた。ああ、こういう終わり方はいいなと思った。最後の最後で自分が生きている場所を示す。ライヴ会場に集まった個がそれを観て、それぞれ別々の個として自分の場所に戻っていく。そしてそのそれぞれの足元から何かが芽生える、その運動への信頼が、そこには充ちていた。

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しかし気が付くと信じられないくらい忙しくなっている。今月やらねばならないことを考えるとぐったりするばかり。夕方までバタバタと働いたと思う。すでに記憶がない。


 
7月7日(水)
来年のVoice Of Ghostの一大事業の準備のため、鎌倉、横浜。具体的なことはまだお知らせできないが、5年がかりくらいになるのか。とりあえずついにいよいよ始まった、という感じ。お祝いと言うか景気づけに中華街で極上の中華を食した。わかっていないと入れないかなあという店構えではあるがマジでうまかった。

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一方でエクスネ・ケディのアルバムの発売告知が始まった。レコードもついに到着した。予定より3カ月以上遅れたが、まあそれでも運がいい方だとの見方もあるくらい、今のレコードプレスは世界的に大変なことになっている。レコードの音がいいとか悪いとかいろんな聴き方があるとは思うが、これはレコードでしかあり得ないということがあるとしたら、聴くことによって盤が傷つきノイズも出て溝も擦り切れて思うような音が出なくなるということだ。フィルムの場合もそうなのだが、結局作者の思う通りには行かない。盤やフィルムが変化していく時間や偶然もまた「作品」を作り上げる要素であり、いつかノイズだらけ針飛びだらけコマ落ちだらけ変色して、使い物にならなくなる時が来る。その「消滅」への予感が常にそこには貼りついているということだ。そんな気持ちを心の隅に置きながら生きていけたら、この世界のシステムはもうちょっとましになるのではないか。一方でそうやって肉体が消滅した先にあるデジタルデータ、というのも妄想している。それが来年以降のVoice Of Ghost作業のひとつということにもなるのだが。

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7月8日(木)
気がつくとと言うか気づかないふりをしていただけなのだが、とにかく1年後、2年後に向けてのいろんなプロジェクトの準備が始まっていて、まったく落ち着かなくなってきた。しかもほとんどが自分で予算を作り出し製作して販売して売り上げを立てるというものだから、うっかりしていると金は出ていくばかりである。と、ぼんやりする暇もなく目の前のあれこれをやるしかないわけだが、今準備に入っているプロジェクトですでに予算がついているもの以外を全部自力でやろうとしたら1億5千万くらいは必要。まったく実感がない。ものすごく儲かる話ではないから投資家の方たちも興味は示さないだろう。どれも面白い話なのだが。とはいえ、少しなら出資できるとか、いったい何をやろうとしているんだとか、興味ある方にはぜひ連絡していただけたら。いやそんなぼんやりしたことを言っていないでさっさとクラウドファンディングを、ということでもある。

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7月9日(金)
ワクチンを接種した。「本日の体調は?」と質問されて「いつものように体調悪いです」と答えたのだがはっきりとした反応をもらえず、まあそういう人は多いですよねと言うような感じで躊躇せず「ちょっとチクリとしますよ」と言われて本当にチクリとして終了。ただ、あまりな湿気と妙な熱気で本当に具合悪く、寝るころには頭痛もし始めそのまま寝ようとしたのだがダメで頭痛薬を飲むことにした。ワクチンの副反応対策で頭痛薬は買っておくようにという話を聞いていたので仕入れてあったはずなのだがどこをどう探しても見つからず、仕方なく風邪薬で代用する。左腕もちょっと痛い。まあでもこれくらいだと一般的な副反応くらいか。しかも頭痛は単に調子悪くて頭痛がしてるのか副反応なのかは不明。
そういえば、現在開催中のカンヌ映画祭にも出品されているアピチャッポンの新作『Memoria』の撮影中の写真とメモなどを集めたブックレットを買った。写真集ではないのだが、思った以上に豪華で、ページを眺めているだけでも楽しい。こういう本が日本でも出せたらと思うのだが、日本だと8,000円くらいで500部限定とかになってしまうだろうか。英語をベースにすればもっと安く、もっと無茶もできる。結局そこから考えないと面白い話にはならないなと、今更実感する。

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7月10日(土)
若干の頭痛、だるさ、左腕の痛み。まあ、いつもの調子とも言える程度、左腕の痛み以外は本当にワクチンが原因なのかどうかはわからない。わからないものの無理してもしょうがないので、ゆったり過ごす。また、こういう日にしか行けないということで久々の散髪。何かひと仕事終えた気分ではある。仕事もしないではなかった。おかげで、来週以降、8月いっぱいのスケジュールがほぼ確定した。だがまだこの仕事だけでは生きてはいけない。

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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。『恐怖の映画史』Kindle版が7月20日より発売中。Exne Kedy And The Poltergeists『Strolling Planet ’74』LP &CDの先行予約受付中(先行予約特典あり、8月10日まで)。8月27日(金)~29日(日)に「YCAM爆音映画祭2021」を開催。