妄想映画日記 その118

樋口泰人による2021年4月21日~30日の日記。モンテ・ヘルマンさんの訃報、緊急事態宣言が出たことにより途中で中止になってしまったお台場での爆音映画祭のこと、5月末に公開予定のドキュメンタリー映画『想像』(太田信吾監督)などについてつづられています。
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文=樋口泰人


4月21日(水)
モンテ・ヘルマンの訃報。91歳。年齢から言えば大往生だし長期にわたって患っていたわけでもないようなので、変な言い方だがとにかくよかった。いつか人は死ぬ。そこに苦しみや痛みが伴うのはやりきれないが、ヘルマンさんの場合はそうではない(と思う)。2015年の4月、ヘルマンさんがB&Bとして貸し出している自宅の一部にわれわれは泊ったのだが、そのとき85歳。当たり前のようにパソコンを駆使して各所と連絡を取り、映画の授業の準備もし、その上で当たり前のようにわれわれの食事も用意してくれた。彼が生きてきた歴史ではなく何者でもない者として今ここでただ単に普通に生きるその姿を見てしまった以上、今回もただ単に普通に死んだのだとしか思えない。もう一度河出から出したインタビュー集を読もう。映画もまた観よう。

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午後からは中小企業庁が3月から告知を始めた「中小法人・個人事業者のための一時支援金」申請のための準備をした。書類はすべてそろったので、事前に済ませておかねばならない面談のために事務局から紹介された税理士事務所に電話すると、すでに申し込みが多すぎてすべてお断りしていると言われる。でも事務局からの紹介なのに、ということで再度事務局に電話して事情を話す。すると紹介はできるが時間がかかり、しかもこの紹介の件は電話でしか連絡できないと言う。例えば電話をとれなかった場合、折り返しはきくのか、事業者としての登録も済ませIDももらったのだからメールでの連絡ではだめなのかと尋ねるとそれはできないと。こちらは現場の仕事もあって電話をとれない場合も多いので、結局受け取れないまま締め切りになってしまったらどうするのか、書類もすべて用意したのに面談ができないだけで申請さえできないというのはあり得ない。それはないようにする。と言われても保証はないじゃないか。この電話を録音しているので大丈夫。というようなことであった。つまり、何らかの理由があって事前面談のシステムを加えたところ、面談が申請に追い付かない事態になっているということなのだろう。そしてその連絡システムも一方通行でしか機能しない。しかもどうやら、面談の認可を受けた税理士事務所の中には、面談のための料金を取るところもあるという。いったいこの国はどうなっているのか。 
そして夜には、いよいよ緊急事態宣言が東京にも出されそうで、今回の爆音映画祭にも確実に影響が出るとの知らせ。ルシンダ・ウィリアムズの昨年のアルバムを聴く。これまでになく太いベースとギターの音に圧倒される。わたしより4歳上、歌を歌うエネルギーというより歌が入ってくる容器としての、人間的な健康という意味ではない健全さを感じる。いつまでも聴いていたい。

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4月22日(木)
どうなるか先行き見えぬまま、とにかく朝から爆音映画祭のための音の調整。天気のいい日のお台場は本当に気持ちがいい。その空気が移ったのか、出てくる音もさえわたっていていやあ今までもこんな気持ちいい音だったっけと、まずはわれわれがニコニコするところから調整が始まる。初日は『グレイテスト・ショーマン』『ファンタジア』『Reframe THEATER EXPERIENCE with you』『CURE』『カネコアヤノ Zeppワンマンショー 2021』『ラ・ラ・ランド』『ミッドサマー』の7本。終わった後も、みんな大満足。爆音のこの感触のおかげでここまで生き延びてきたことを改めて確信した。帰宅後、さらにもろもろの連絡。くたくたに疲れていることに気づいた。

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4月23日(金)
開催がどうなるかわからぬまま、残りの4本。『ガメラ 大怪獣空中決戦』『AKIRA』『バーレスク』『ヘアスプレー』。昨日同様まったく問題なく、見慣れた映画がまったく新しいものとして目の前に立ち現れてくる。『ガメラ』は60年代の怪獣映画の音が現代の技術によって細部の輝きまで取り戻して蘇ったかのような、90年代の映画なのにクラシックな風格漂う音。『AKIRA』はもう、まったく新しい音に聞こえた。4Kリマスターの際にいったいどんな作業を行ったのか。あるいは、以前からHDCAMヴァージョンは存在していて、テアトル新宿などで上映されたことがあったのだが、それがこのマスターになったのだろうか。昨日の『CURE』と同じくさまざまなシーンにつけられた小さな音の存在が普段なら見逃してしまう世界の細部へと注意を向けさせる。『バーレスク』は圧巻のシャウト。クリスティーナ・アギレラ、シェールの声とバスドラの響き。全身が揺れる。『ヘアスプレー』はもう完全にウォール・オブ・サウンド。スクリーン全面から音が立ち上がり、会場を覆う。わたしも井手くんも涙目で笑っていた。
終了後、すでに前売り券が発売されてしまっている25日の『CURE』と29日の『カネコアヤノ』のイヴェント上映の中止がまず決まる。チケットを購入しその日の予定を決めてしまっている方たちには、少しでも早くお知らせをという配慮だが、もう一方で、もしその他の映画の上映が決まった場合のことを考えると、せっかくの期待を裏切ることにもなる。そのせめぎあいの中でギリギリまで待ち、20時を目安で告知開始、ということにした。外に出るとお台場はいい天気で、爆音の音で全身が清々しい気分でいっぱいなのだが、世の中はままならない。しかし今回はこういうことなのだ。残念だがあきらめずにゆっくり待つ。次の機会は必ずある。

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4月24日(土)
結局決断が遅れていた25日からの開催案件だが、ユナイテッド・シネマ、そして映画館が入っている施設「アクアシティお台場」の休館が決まる。したがって映画祭も中止。今回の映画祭の発表をした3月末の時点では予期していなかったことだが、致し方なし。タイムテーブルも3回も組みなおしてようやく前売りも発売というところで雲行きが怪しくなりとうとうここまで来てしまった。ただ今回の変異型ウィルスはこれまでのものとは感染力も違うし未知のことも多い。イギリスをはじめとするヨーロッパの様子や現在の大阪の感染拡大を見れば十分にわかる。だからわたしはこの中途半端な政治の決断に反発することなく、人間の力の及ばないウィルスの力に敬意を表し、今回は素直に自粛する。自粛している間に次の道筋を見極めたいし広げたい。さらに、いくらわれわれには補償がないと怒っていても始まらないので、今ある制度で使えるものがあるのかどうか、あるものは使う。もちろんそれでも自粛はできない状況にある方たちもいるだろう。いろんな声が新しい制度を生み出せばよい。
というわけで、映画祭2日目にして最終日。このドタバタの中大勢の方たちがやってきてくれた。特に『AKIRA』は鉄雄の声の佐々木望さん来場とあって、ファンの女性たちが最前列に並ぶ風景は、『AKIRA』が夢想したこれからの世界の風景のようにも見え勇気を与えられた。佐々木さんは面白い人で、40歳過ぎてから東大に入学、声優を続けながら大学に通い昨年3月に卒業した。そんな経歴が特別なものに思えないような人、と言ったらいいか。自分の中のさまざまな可能性の広がりに押し出されるように歩みを進めるその姿勢が清々しい風を運んでくれる。それは『AKIRA』で言えば鉄雄なき世界の希望の種として示される「ケイ」の目を通して見た世界の風景と言えるのではないか。この日のトークの中で、そんなことを思った。そんなわけで、残念すぎる途中開催中止だが、なぜかさわやかな気分で今後のことを考える夜となった。

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4月25日(日)
まあそれはそれはいろいろあって疲れ切っていた。スタッフたちと今後のことについて話した。人のいないお台場からの帰り、東の空に浮かんだ雲が夕陽に映えていた。夜は、天然の牡蠣を蒸した。濃厚な味に疲れを忘れた。

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4月26日(月)
10日ぶりくらいで事務所。事務作業山積み。分厚い郵送物があったので何かと思ったら遠山くんの本だった。『サミュエル・フラー自伝』並みの厚さ。タイトル通り野心的な本と言ったら本人は違いますと言うかもしれないが、いずれにしても「映画」という何ものかに背中を押されて作られた本だと思う。ゆっくり読みます。遠山くんありがとう。

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夜は某映画館で某映画の爆音調整。というツイートをしたのだが、もうこの日記が読まれる頃は告知OKになっているはずなので書いてしまうと、ということで詳細を書いたのだが、なんと更なる緊急事態宣言のために上映延期で告知のタイミングをずらすとの指示あり。またもや詳細はお預け。もういい加減この日記を読んでいる方は察しが付くはずなのだが、とりあえずまだ「某劇場の某作品」ということで。でもとにかく、今後、この会場は新たな爆音会場として十分にやれるということを確信。スタッフの方たちとも今後の展開を話し、コロナ以後の東京での爆音に思いを馳せる。お台場では大規模大音量、こちらは小規模でテーマを絞ったものに、という両輪で進めて行けたら。もちろんすべては、今回の上映の成功にかかっている。少なくとも音はまったく問題なし、こちらの心身を鷲掴みにして別世界へと引きずり込む。身体がむずむずする音になった。調整終了後、都知事の消灯宣言の20時を1時間以上回った夜の街はまだまだ人はいてそれなりに明るかった。

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4月27日(火)
朝からエリオット・マーフィーで景気を付ける。でも景気を付けただけでは何も変わらないので地味に事務作業、書類手続き、各種連絡を。あっという間に夕方。電車はそれなりに混んでる。今回の緊急事態宣言も果たして効果があるのか、この人出を見るとちょっと怪しい。今回は大人しくしていると決めているわたしでさえ、やはり事務所に出てしまってるわけだしねえ。

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夜は太田信吾くんの『想像』。チェルフィッチュの代表作でもある『三月の5日間』の稽古から本番、そしてパリ公演までの様子をとらえたドキュメンタリーということになるのだが、映されるのは徹底して板橋優里さんのパートのみ。それがひたすら反復、時折、それに対する岡田利規さんの反応やコメントが挟まりそしてそれに伴いつつ板橋さんの芝居も変化していく。もちろんチェルフィッチュなので「芝居」と言っていいのかなんと言っていいのかわからないものなのは前提として、そしてその変化をカメラがとらえていくわけだが次第にそれも何か会場全体を見渡している岡田さんの視線のようにも見えてきて、しかしその岡田さんの視線をとらえるカメラの視線とも言えるような何ものかが会場の空気の変化をとらえ始めることにこちらが気づくその気づきをこそ「想像」しながらの演技のようなものが時々肌に触れる。つまりここでもありここではないどこかで遠い昔でもありはるか未来でもある今ここで、これを観るわたしであるところの何ものかと目の前で演じている役者であるところの何ものかがひそかに会話を交わしかけがえのない時間を過ごすそんな終わらない時間が示されている映画になっていた。日本公演の本番で完成形が現れたかと思ったがパリ公演ではさらに違っていた。再びスタートラインに立ったような、常に「Change Will Come」な時間が流れ始めた。

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『想像』 5月28日(金)よりアップリンク吉祥寺、
5月29日(土)より横浜シネマ・ジャック&ベティ他全国順次公開


 
4月28日(水)
休みでもないのに朝から休んでくださいというような天候。よって気持ちは休日だが仕事はある。まじめに仕事をした。といっても助成金がらみのあれこれがいろいろあって、こういった手続きや書類の書面がもうちょっとわかりやすくすっきりしてくれたらと、本当にやらなくてもいい余計な作業をわざわざやらされてそれができる人だけが恩恵を被るこのシステムは何とかならないのか。結局同じ人や余裕のある人だけのものになってしまう。根本の目的、前提を見失ってはならない。われわれは何をしたいのか何をするべきなのか。
夜は大寺がやっている新文芸坐シネマテーク/オンライン映画塾のクラウドファンディング参加者のための配信トークで、今の日本の映画の上映や公開のことについて。今この状況の中で希望をもって行える何かがあるわけではないのだが、切羽詰まったここでやれることをやることから始まる何かがあってもいいのではないか、というような話。そしてすべてを救おうとしたらすべてが倒れるような状況の中で、ではいったいどうするか、というような話を。2時間があっという間に過ぎた。

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4月29日(木)
久々に低気圧の影響をもろに受けた。ぐったりの休日。腰のあたりのまったりもったり感がすべてのやる気を失せさせる。まあでもこれくらいで生きていけたらとも思う。ちょっと地下に潜ったくらいの低すぎるテンションでも生きていける世界を熱烈に希望。事務所から持ち帰ったTボーンズのアルバムがモノだったのでカートリッジをモノ用に替えたついでに終日モノ盤を堪能した。

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4月30日(金)
K’sシネマのツイートで、本日『フラワーズ・オブ・シャンハイ』の上映があることを知る。そうだ、侯孝賢特集が始まっているのだ。12時30分から、座席はまだ十分に空いているようだ。11時からの整骨院は30分で終わるので余裕。昼飯を食う時間もあるだろう。久々にちょっと盛り上がって整骨院の前まで来たときにいやな予感がして予定表を見たら11時30分からだった。(後略)
ケチが付いたので事務所でやり残していた事務作業を。落ち着いて数字を整理してみると、厳しい現実が目の前に。映画を観ている場合じゃなかった。深呼吸するしかない。夜はモノ盤の続きで、結局はジュリー・ロンドンに行きつくことになる。4月が終わる。今年は映画を観る余裕があるなあと思っていたら、今月はまったくダメだった。

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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。『恐怖の映画史』Kindle版が7月20日より発売中。Exne Kedy And The Poltergeists『Strolling Planet ’74』LP &CDの先行予約受付中(先行予約特典あり、8月10日まで)。8月27日(金)~29日(日)に「YCAM爆音映画祭2021」を開催。