妄想映画日記 その110

樋口泰人による2021年2月1日~10日の日記。人生最凶と占われた年を終え、お不動様で「身体健全」の祈祷を行うも、突然の訃報や小さなトラブルが続き下降気味の心身を、カーネーションやイノヤマランドのライヴ、様々なレコードの音楽で癒した日々の記録です。
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文・写真=樋口泰人


2月1日(月)
土居くんの占いによる人生最凶の年の最終日かつ2月の始まりは、こんなレコードで盛り上がってみた。1月は引きこもり系の音楽ばかり聴いていたので、少しは気分が変わる。ジャマイカの幽霊は乾燥して空に舞い上がりわれわれの脳髄を脳天から直撃するとでも言いたくなるような乾いたギターとキーボードとブラスの音。でかい音にするとそれまではぼんやりと聴こえていたベースがいきなり空間を支配し始める。昨年末にステレオのシステムを替えてようやくこの音が聴こえ始めた。長らくレコード棚でぼんやりとしていたのだった。幽霊復活。

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事務所で最近はまっているアマゾンミュージックの話をするとバイトの細井さんから「アマゾンミュージックで盛り上がってるの樋口さんくらいですよ」と言われる。そうなのだ。パソコンからDAコンバーターを通してアンプに入れて音を出すと、アップルミュージックとアマゾンミュージックでは全然違う。わが家のiMacでそうなのだから、おそらく確実にアマゾンミュージックのほうが音がいい。とにかくわたしはアップルミュージックに毎月の料金を払うのをやめた。ちなみにWindowsのノートパソコン経由にすると、アップルミュージックでさえiMac経由より音が良くなる。結論としては、たぶん、みんなアップルに騙されている。まあ、こういったことはパソコン環境の問題もあるから何とも言えないのだが。
夜は整骨院。腰はだいぶ良くなってきたが、まだ前屈姿勢がとれない。ソックスがちゃんと履けるようになるまでにどれくらいかかるのだろうか。

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2月2日(火)
ボーっとしていて、夜寝る前に飲む薬を、起きた時に飲む薬と間違えて飲みそうになり吐き出す。ぼけ老人への道のりは早い。
久々にユニオンに行ったらミヒャエル・ローターの10数年ぶりの新作というのが出ていた。冒頭はちょっとニューエイジっぽい、とりあえず荒まずに済んだ老人の音が聴こえてきたのだが、A面終わりになると鉱物質のギターの音が何でもないどこにでもあるような退屈なリフを刻みだし、世界の風景が一気に変わる。あとはもう、どんな音が来てもOK。ついでに持っていなかったトマス・ディンガーのファーストも買ってしまった。これは中ジャケがいいんだよねえ。

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2月3日(水)
昨日は帰宅途中の電車を乗り間違えて方南町に行ってしまったのだが、本日は門前仲町に行く予定が気が付いたら木場だった。現実がどんどん遠くなっていく。
どうして門前仲町かというと節分後恒例の深川不動堂のお参りと護摩祈祷。受付で何を祈祷されますかと尋ねられ、本来なら「商売繁盛」のところあまりに体調が悪いので迷った挙句「身体健全」を選んだ。とにかく生きていられたら、という最低限のお願い。土居くんによれば今年はギャンブルの年、ということで勝負をかけないとならないはずなのだが、まずは身体健全であっての話。多くは望まずそれ故にいつか大ごとがやってくる心の準備もしておく。いや、大ごとがやってくるゆえに多くは望まずということになる。予感はある。それがギャンブル、ということなのだが。祈祷中は腰の痛みがひどい。座ってじっとしているのはまだ大変である。

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夜は夕食後のお眠の時間と配給関係のトラブルとが重なって、でも結局寝てしまい、その間状況は少し好転していたが、最善を尽くさねばと各所連絡。世の中が便利になった分ちょっとしたミスが大ごとにつながる。できることをゆっくりやる。その後、先日のバーニング・スピアーの流れでデニス・ボーヴェル。このところずっと頭がダブになっている。

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2月4日(木)
ディスクユニオンの本部で打ち合わせがあるので久々のお茶の水だと思っていたのだが、事務所を出るときに住所を再確認したら九段下だった。もうずいぶん前に引っ越していて、それもわかっていたのだがなんでか記憶は昔のまま。しかし問題は九段下で、とにかくあの辺り一帯は魔物がいる。常にひどいことが起こる。やばいなと思いつつ東西線に乗ってネットを見ると、80年代の高円寺仲間である河合渉くんの追悼メッセージのようなものが載っている。つい2、3日前までフェイスブックでやり取りしていたので、「え、なんだこれ」と思いつつ、そういえば昨日から各所で河合くんのかつてのライヴ映像を目にしたので変だと思い確認したら、一昨日、急死したとのこと。自殺ではない。自然死のような感じで突然。電車の中で泣きそうになる。岐阜在住の河合くんとはもう10年以上も会っていなかったのだが、マメな河合くんがフェイスブックに毎日いろんなことをアップするものだから、離れているのに気持ちはご近所さんだった。そんな10年以上実体がないままだった関係が突然途切れたわけである。途切れたけれども決定的な断絶ではなく、さらに実体のない何かが身近にふわりとやって来たとしか言いようのない感覚に襲われる。ご近所さんがお隣さんになったと言ったらいいのか。こんな気分は初めてだ。

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夜はロージー『できごと』。何箇所かで聴くことのできる音の暴走に唖然とする。それに運河。あのシーンの小舟の動きとそれをとらえるカメラの動きの怪しさはいったい何なのか。それに加えてダーク・ボガードの説明可能だがその可能な説明をすうっと通り過ぎてしまうような上の空の佇まいを伴う弱さと悲しみのしぐさ。原作を読むと色々見えてくるのだろうがそんなものが観えたところで、この映画を観たことにはならない。「お隣さん映画」と命名したいくらいだ。
そして昨日のデニス・ボーヴェルの流れでこれを。ボーヴェルほか、エイドリアン・シャーウッド、サイエンティスト、マッド・プロフェッサー、プリンス・ファティが参加するガウディのテルミン・ダブ。これもまた「お隣さんダブ」と呼びたいところだが、テルミンの音色は単にテルミンの音色なので「お隣さん」じゃない。

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2月5日(金)
花粉が飛んでいる。鼻の奥が痛い。くしゃみと鼻水。寝坊して昼に起きると起きてからが忙しい。あわただしく高円寺駅に向かっていると、路地の向こうでカラスが両足でぴょんぴょん跳ねていたり、歩道橋では頭の側面を剃ってサングラスをしてばっちり決めた女性が階段を一段踏み外し軽くこけたり、道路工事の交通整理の担当が交通整理をしながら踊っていたり、何となく春の気配を感じた。
ロージーは『暴力の街』。今も昔も変わらぬ状況に時は流れていないのかとも思えるが、映画の中では時は確実に流れている。今ここに足を止めて緩やかに生きたいと願う主人公の現在を嘲笑うかのように今ここでの事件が次々に起こり結果的に主人公は再び過去の自分を取り戻すのだが、その時主人公は単に自身の足元に立ち返るのではなく、過去が夢見た未来の広がりに一歩足を踏み出したのだと言いたくなるような主人公の決断が最後に示される。彼が一歩を踏み出した時にその広がりが一気に出現すると言ってもいいし、つまりその時世界が誕生する。だから同じ映画は何度も繰り返し作られるべきなのだ。好きな映画だが『デトロイト』にもこんな一歩があったらと、ふと思う。
その後ダイナ・ショアのモノ盤があまりにいい音を響かせるので、次々にモノ盤をかけてしまい時を忘れる。

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2月6日(土)
上映トラブルの知らせ。ブルーレイは本当に不安定で参る。とにかくできる限りの対応をする。
2月3日に行われたカーネーションのトリオ・ライヴの配信。リアルタイムで観るのが難しかったので、配信期限ぎりぎりの本日。映画を観るのと同じようにヘッドホンで聴こうと思ったのだが、パソコンからアンプにつなぎ、ステレオセットから自宅で許される限りの音量にしてみた。ライヴ会場で観るのともライヴ盤を聴くのともパッケージされたライヴ作品を観るのとも違う、奇妙な生々しさと親密感と浮遊感が部屋の中に充ちる。たぶん、リアルタイムで観るとこれとはまた違った感じになるはずである。時間の距離の広がりの中に放り込まれた感じと言ったらいいのか。3人のカーネーションはあまりに堂々としていてシンプルで力強く可憐で、まるで女性3人のトリオのライヴを見ているようでもあった。つまり愛に溢れていた。もうそれを見ることができるだけで十分だ。
夜は渋谷ストリームホールでイノヤマランドのライヴ。腰痛が治ってきたのでお試し、というのと、まあ、家庭の事情(分かる人には分かる)。しかし何度行っても迷う。あの会場はホールに入るまでの導線が最悪である。受付にたどり着くまでもそうなのだが、受付を過ぎてからもホールの中に入れない。いや、よく確認すれば入れるでしょうということなのだが。とにかく最近のビルは基本的に案内がそっけないし導線が人間的でない。迷宮で迷うのと違い、世界からどんどん疎外されていく感じ。あまりに憮然としてSNSにそのことを書いたのだが「ストリームホール」を「スクリームホール」と書いてしまった。わたしの怒りの叫びがそうさせたのだと言っておこう。
イノヤマランドはいつもの感じで本日は映像付きでゆったりと堪能。先日買ったミヒャエル・ローターのニューアルバムとも重なり合うところもあってふたりにそのことを伝えようと思っていたのだが片付けに時間がかかるようなので、次の機会にした。帰宅して日々のロージー作品にしようと思ったのだが気分を変えて今更ながら、ソダーバーグの『コンテイジョン』。昨年あんなに話題になったのに見逃していた。ホロっと来たのはマット・デイモンの娘が自身のワクチン接種まであと170日くらい待たないとならないことが判明したときに、「わたしの春も、夏もなくなる」と悲しそうにつぶやいたシーン。こちらはもういい歳だしめちゃくちゃ働いてここまで来てしまったのだからもう破産してもいいからこの機会に働かず好き勝手やるのだと覚悟を決められるのだけど、若い子たちはそうはいかない。若き日の「未来への不安」、みたいな感覚をしばらく忘れていたような気がする。彼氏が遊びに来て雪の中に寝転んで、冷たさの感触を味わっているだけ、みたいなシーンもよかった。

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2月7日(日)
あまりに春みたいな陽気だったので散歩をした。善福寺川。昨年の春はよくこのあたりを歩いた。そのころはまだメニエルがひどく、足元は不安に満ちていた。

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2月8日(月)
眠りが浅かったためひどく調子が悪い。眠りなおすこともできず、仕方なく起き上がり各所連絡など、やらねばならないことはまだまだある。夕方は歯医者、整骨院。具合悪いまま1日が終わる。

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2月9日(火)
ここにきて俄然調子を崩し、とにかく何とかかろうじて日々の仕事をこなし1日をやり過ごす。こんなはずではなかったのだが。夜はうたた寝するばかり。エリオット・マーフィーで心身を休ませる。

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2月10日(水)
寝るのに失敗していったん7時過ぎに起き、朝飯を食ってから再度寝たら目覚めると13時30分だった。15時から大寺と打ち合わせなのでとにかく起き上がる。天気予報の言うように4月並みかどうかはわからないが外はそれなりに春の陽気だった。
座・高円寺の2階のカフェで待ち合わせたのだが、座・高円寺のホールでは恒例のドキュメンタリーフェスティバルが始まっていた。本日初日。完全に忘れていた。カフェにいると、本日の上映を終えた『うたのはじまり』の河合宏樹くんがやってきて、久々だったので近況報告。大寺を待ちながらフェイスブックを見ると、なんと、2月1日の日記でと思っていたら1月27日の日記でだったのだが、アマゾンミュージックにもGhédalia Tazartèsの音源があってびっくりとか書きつつあれこれ聴いていたそのGhédalia Tazartèsさんの訃報。なんてこった。みんなどんどんいなくなる。もうすぐ自分の番だという思いが日々強くなるばかりなのだが、まあそれはどうでもいい。ああ、Nurse With Woundの評伝も買った(1月27日の日記参照)。この本の軽さが何とも言えない。サクッと出した感じ。まあその「サクッと」こそ苦労のたまものでしかないのだが。細かい索引とかディスコグラフィとか。
大寺とは、近々オープンするboidのというかVoice Of Ghostの配信サイトについてあれこれと話す。いろんなアイデアが出て確かにそれができたらと思うものの、果たしてわたしにできるのか、できないとすれば誰にどうやってもらっていいのか、いろんな宿題、しかも急ぎでやらねばならない宿題を受け取ってしまった。病人なのに、とかもう老人なのに、とかもともとやる気ゼロなのに、とかどこにも金ないのに、とか思いはぐるぐると駆け巡り次第に覚悟は決まっていく。

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その後新高円寺のスタジオでPV撮影中のAmericoを訪ねる。井手くんが監督、鈴木淳哉がカメラを。相変わらずAmericoは身の回りの世界から外れずしかしその世界はどこまでも広がっていく。そして整骨院。あと10回くらい通ったら何とかなるだろうか。帰宅後はキャピタル・レターズを。数年前のアルバムだが、このジャケットとインナースリーヴの重なり合いがいいんだよね。いくつもの時間が部屋に充ちる。

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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。boid配給作品の『VIDEOPHOBIA』(宮崎大祐監督)が公開中。