宝ヶ池の沈まぬ亀 第55回

青山真治さんの連載「宝ヶ池の沈まぬ亀」第55回は、2020年12月末から2021年1月にかけての日記。数十年ぶりにアルコール抜きで過ごした年末年始、仕事始めとなった黒田征太郎さんのライヴ・ペインティングの撮影、フィル・スペクターとスティーヴ・カーヴァーの訃報、映画『日本独立』『ソング・トゥ・ソング』『ふるえて眠れ』『フォードvsフェラーリ』『多十郎殉愛記』などについて記されています。

55、変革元年の新春の狩りの光景を「音の壁」に撃つ



文=青山真治


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某日、もはや年間ベストなどということを考える気はなく、いまだに『カーマイン・ストリート・ギター』を対象作品のように考えていて、それはロバート・クワインとマーク・リボーとビル・フリーゼルが一つに繋がってしまった個人的に画期的な事件でもあったからなのだが、そういうこととは距離を置いて映画に集中すると、やはり『ヴィタリナ』が圧倒的に映画として心に突き刺さる体験であったことが確認できるわけだが、汎地球規模で流行しつつある新型コロナならぬ「暗い画面」ブームについてはもっと深く研究しなければなるまい。もちろん「デジタルだから」では何の説明にもならないし、これは意識改革・価値紊乱の領域の問題だから、前回書いた、今年待たれる時代の線引きのようなことは映画の画面上ですでに起こっていることは周知であり、本質的な変化でありながらいい悪いの問題ではないとはそうした意味だ。
少し視点を変えて考えると、我々はしばしば歴史を描いた作品を見るし、そこで大筋の史実を字義通りに受け取りつつ見ることを大雑把に前提とするのだが、しかし厳密に史実に忠実ということはありえず、さらに細部に至るまで全てを網羅することが不可能であることは自明である。省略したり「忘れ」たりすることは日常であって、それ抜きに歴史物語を映画化するなど不可能だ。そしてそれは明るすぎる夜とか、画面内に日中の窓外を入れた場合の室内の人物の表情が明瞭すぎるとか、そういう素朴な疑問を「忘れ」るかどうかと同等の問題でもある。
そうした問題を踏まえた上で『日本独立』を見た。タイトルはサンフランシスコ講和条約に向けられている感じがするが、核心はあくまで新憲法の成立過程、つまりそれがアメリカによって押し付けられたものか否かという点の解釈をめぐる物語であり、ベアテ・シロタの描写でも分かる通り、多分にカリカチュアライズ(というかほとんど女性蔑視)され、反GHQの視点が前提となっているが、それはそれで一つの歴史の見方かもしれない。何しろこの問題をこれまで日本映画は一度も手をつけてこなかった(といえば嘘になるが、長らく封じられていたことは事実)のだから、本作に『シカゴ7裁判』に対してと同様「ないよりはマシ」という限定的評価を付さねばならない。誕生からとうに一世紀を超えた映画がこれから何をすればいいかと自問した時、まるで「45歳の大人が12歳の子供に教えるように」語る必要があると考えるのも一つの在り方かもしれない。ただその「12歳の子供」は現実には五十代から七十代のあまり教養のない男性なのかもしれない。それどころか「45歳の大人」と思われた作り手側が「12歳の子供」であったかもしれない。言うまでもないが本作を支えているのは吉田茂の「なんでもいいからさっさとやって後で変えりゃあいい」という論理であり、これをいまだに引きずっているのが現在の自民党だが、そういうことはそのときのみ有効なその場しのぎに発するものに過ぎず、七十年も経過してなお通用するはずのない種類の話だろう。白洲次郎のような優れたリベラリスト(少なくとも戦争直後は)からすればそんな横着な話があるかと怒髪天を衝くことにもなろうが、揉めていても何も解決しないというのは今も昔も変わらない。
ところでこの脚本に史実云々と言っても始まらないが、二〇二〇年にそういう映画が上映されたという証拠にはなるだろう。そうして史実とは何かと逆に問い直すことも必要かもしれない。そこに神経過敏になり続けていて、結局作れませんでした、では話にならない。例えば同じ浅野忠信の白洲と北野武の吉田で全く同じ話を別の解釈で作って見たらどうだろう。活発な議論というやつのためには必要なのではないか。俳優でいえば小林秀雄を演った青木崇高が非常に好かった。浅野くんにもイメージに固着せず脚本上彼くらい自由度があればより良い作品にできただろう。小林といえば吉田満『戦艦大和ノ最期』だが、あの艦中の殴り合い、実際にあったことらしく、先だって見たフォードの潜水艦ものをつい想起してしまったが、しかしどうもこちら方面のエピソードばかり盛り上がって肝心の「戦後」の描写がことごとく曖昧なのはやはりどこか「史実」の乱雑な扱いに原因があるのではないか。本気でやればこの上なく緊張感を持たせることができたはずだが、唯一の面目躍如は史実かどうかわからない深夜のマッカーサー=吉田会見だったりする。一方、松本烝治が憲法作成に女が関与していると臍を曲げ、そこでも楢橋渡がベアテ・シロタを槍玉に上げるが、彼女の手がけた女性の権利向上もまた曖昧にしか描かれないのはなぜか。フランス留学帰りの楢橋がケーディスと本当にフランス語で喋ったかどうか知らないが、どうでもよい。大磯らしき砂浜で戯れる吉田と白洲の終幕を『女囚さそり』の監督が撮ったと聞いて誰が本気にするだろうか。最も力を感じたのは、すでに見たことがありながらも慣れずにいる腹から血を流す東条英機の自害未遂写真だった。
だが、ダメな箇所を上げればきりのない本作は、繰り返すようだが、それでも現在の日本にとって「ないよりマシ」な映画であり、見られなければならない映画であることは間違いない。これを基に議論が活発になればよいが、それでもなお、マッカーサーがオーストラリアに逃げた際に作らせたという草案には言及なしかとか白洲のその後は放擲かとかその手の割愛を考えると、とても憲法をまともに論じる資料的側面などここにはないかもしれない。
とまあこれについて長々と考えるうちに浅野くんがFacebookかでチェックしていたので知った三船に関するBS番組を見逃してしまったのだった。
観客は男性八割、厳しい表情の中年が大部分だった。どういう感想を持ったのだろうか。
 
ちなみに、ぼーっとしていて朝餉後、ゴミ出しを忘れた。年内最後の可燃ゴミだった。走って飛び出したが、収集車は角を曲がっていく後ろ姿を見せて消えた。仕事納めかなどと呑気に構えていたらすぐにこれである。
 
某日、自分で自分に課したノルマが重くて辟易しているが、まあ仕方ない。それに面白いので文句が言えない。誰の何かを今は言えない小説なのだが、ただ読んでいるだけではわからなかった人物の動きの呼吸が、あるいは時間の推移が、書き写すことによって触知される感じがあり、そこに登場する人物たちのざっくりとした印象が体臭とともに湧き上がってくる。ギターのフレーズをコピーするのとかなり似ている。思い出すのはかつての『タモリ倶楽部』で「愛のさざなみ」というドラマをやるコーナーだが、そこで中村れい子の決め台詞「すいたらしいお方」(書いたのは景山民夫のはず)というのがあり、そして「すいたらしい」というのはどういう字を当てるのか今以て不明だが、仮に「粋たらしい」だとするとズバリそれに当たる人々がそれに当たる世界を蠢いているのがこの小説なのだ。テレビではギャグに収まっていたが、映画にするとなるとこれは全然笑えない、極めて凶暴凶悪な状況である。喩えて言えば、甘えてきた猫の爪が凶器のように鋭く尖り、伸びていたのに近い。実際つい先刻そういうことがあり、揉まれるだけで痛いので、ヘタに抱き寄せることもできない。連れて行って女優に切ってもらった。厄介なものに手を出した気がする。
アンソニー・ホプキンスは四十五年前の誕生日前日に断酒を始めたらしい。三十八歳だろうか、当然その頃依存症だったのだろう。四十五年にはまず届かないが、私も死ぬまで断酒するので、今後彼を師と仰ぎたい。
大晦日午前零時零分、天空の満月は私の真上に輝いていた。
 
某日、買出しに白金ドン・キホーテに行くと超満員、どこか田舎から来たらしい派手な頭髪と身なりの若者たちが店頭で「水槽、エグ!」と騒いでいる。
本日聞いて心に残った言葉があと二つ。「今年は面白かったなあ」と「幼稚な国だなあ」。
まあ病気が沈静化するわけがないのはいったい誰のせいなのか、わかりゃしない。
夜半、ときどき仕事場を出て紅白を見る。感想は、NiziUの楽曲がいいのと玉置浩二が相変わらず素晴らしい(アレンジはもう少し工夫してもよかった)の二点。
で、年が変わった。大勢に影響なし。
 
某日、アルコヲルフリーの正月というのは一九八三年(十九歳)以来という気がする。
しかし特に何か変わったことはなく、ノルマ通りに読書を、寝たり起きたりしながら続けていた。読んでいて気づいたが、かつて『懐かしい年』読書を中断したのは、いわゆる大江の映画業界嫌いを読み取ったせいかもしれない。ここに書かれたことに近いことは過去にあったかもしれないがいま許可なくそうしたことをするというのはあり得ないし、当時でも滅多にありそうにないことであり、小説家の想像の産物としてかなり迷惑なものというしかなく、その偏見ぶりに腹を立てた気がするが、今やそういうこともあっさり読み飛ばす。大江は『性的人間』だったかでも映画業界を悪し様に書き、中上『異族』に出てくる脚本家も漫画だったが、ヘタに美化されるよりはましだ。
夜、なんとなくテレビを点けるとKing GnuのライヴをWOWOWでやっていた。常田さんのギターは特注品だろうか、ムスタングのパーツをナショナルっぽい変形ボディに載せているが、なんだか使い勝手が良さそうだった。で、その後細野さんの五十周年記念ライヴをやっていたのでこれも見たが、ここでの高田漣さんの塗装の剥げたストラトも非常に弾き心地良さそうだし、細野さんのアコースティック(たぶんギブソンJ-200とかその辺)も非常に使い込まれていてそれだけで触りたくなるのだった。今年は自分のギターを大事にする年にしようと思う。
細野さんが曲間に面白い話をしていた。次の曲は三拍子ですけど、と語り始め、米の研ぎ方も三拍子と森羅万象に至る「三」という数字についてざっくばらんに説明していた。うちの母親も音楽教師だったせいか、幼い私の前で米を研ぐのにいちいち拍子を変えてやってみせてくれた。これは三拍子、これは四拍子、といった塩梅で。で、実は私もときどきそういうことをしてみている。どの拍子で研ぐとうまいとかそういうことではないけれど。


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某日、朝食に超美味のステーキを焼いて、景気付ける。昨年もそうだったが今年も二日から撮影がらみ。下北沢ザ・スズナリにて「“逃走”から“偏執”へ 黒田征太郎のアトムの血」と題された画家黒田征太郎氏のライヴ・ペインティング・イベント。音楽はドラムスに中村達也氏、箏を八木美知依氏。昼過ぎの準備から様子を伺う。本日は下見のみで明日が本番。この撮影、誰から依頼されたのでもなく、自主的にやると決めた。近藤等則が亡くなったその追善というのでもなく、ただそのとき黒田さんを撮らなきゃいけないとハッとして、思わずレディジェーン大木雄高氏にメールを打った。すると大木さんがこれを教えてくれた。近藤さんの演奏、黒田さんのライヴ・ペインティング、そして田中泯さんの舞踏を撮るということは、私にとって研鑽であり、リハビリである。熟考を重ねて十二月、菊池さんと中島に声をかけた。
実際のところ激しく緊張を強いられるパフォーマンスだった。本日はあくまで下見で撮影本番は明日なのだが、その後に控える田中泯氏の舞踏を以前撮影したとき、そして近藤等則のときにも感じた緊張を久しぶりに味わった。明日が楽しみ。
帰りに三人で「新雪園」にて酒抜きの新年会。ここには食べたいものがたくさんあることに帰りになって気づいた。
 
某日、そんなわけで撮影当日。午前中に出て、中古ギター屋に寄る。実は昨日も行って、その前のロケハン時にも行って、手に入れるかどうかと目をつけていたが、そのブツを含め三本を試奏。結果、名も無いドブロモデルに絞る。結論は午後に持ち越し、スズナリに行って搬入とセッティングの一員と化す。午後、エアポケットのような時間が降って来て、ふらりとギター屋に戻り、手に入れた。ギターを買うことはやはりチャンスとタイミングである。何かが、あれでよい、と教えて来た。戻り、実景を数点撮影、本番を待つ。
満員の場内、まずはすでに前日拝見した黒田征太郎作・手塚旬子監督による短編『アトムの血』の上映があり、休憩を挟んでいよいよライヴ・ペインティング。私を含む4台のキャメラ(中島・斎藤P・応援の杉原くん)で黒田征太郎を初シューティングである。二台は三脚に載り、二台はハンディ。他の三台の結果が待ち遠しくもとりあえず自分の持ち駒である。センターで中景、という非常に地味なポジションだが、黒田・中村・そして本日のゲスト、ヴァイオリニストの金子飛鳥氏が3ショットで収まることはなく、最初はそれに戸惑ってはいたが途中からそのことを逆手に取り始め、後半は二枚のパネル前で格闘する黒田さんをほとんどセンターで捉えっぱなし、フレームアウトから再フレームのタイミングをモニター外に確認しながら待つことは非常にスリリングであった。始まる前に黒田さんの助手で私とは旧知の間柄(かつて英字幕を担当してくれた)であるデヴィッド・ディヒーリとも話したが、黒田さんの「行為」は継続する時間の中でしか捉えることができず、それは近藤さんの演奏や田中泯さんの舞踏と同じ意味での「体験」であり、その「体験」をそっくりそのまま再現することなど不可能で、映像化に際してそれ以外のあり方を考えるしかないが、だから毎回試行錯誤の連続となる。撮影の一時間近く、その毎瞬を躊躇と判断の思考と懊悩に体内からアドレナリンが噴出し、キャメラを構えてほとんど動かないにも関わらず、高速の乗り物に乗っているように緊張し、終わると疲弊しきった全身からエネルギーが抜けてどっと弛緩していく。まるで古戦場のような二枚のパネルを観客たちがスマホで撮影する様は『クローバーフィールド』や『バクラウ』みたいで、極めて現代的な風景である。
機材バラしで斎藤P出発、録音助手黄くんも帰宅、残り四人が「しずる」で肉新年会。
 
某日、一昨年こそ何もしていないし、二〇一六年は記録を失い不明なものの、毎年三が日から何かしら仕事しているタイプである。性根として盆暮れ正月というものはダラダラ過ごすのが好きなはずだが、なぜかそうはしていない。まあ悪いことではない。
唐突だが、もし昨日の黒田さんの撮影が作品化に成功したら、タイトルを『我々自身の狩りの光景』としようと考える。実はこのタイトルの作品をいずれ作ろうと大学時代に思いついていたものだが、ある一本に限定せずこのような記録のシリーズには皆その名前を付してもいい気がする。
本日はだらだらとノルマをこなした後、仙頭パイセンの助言をいただきつつ延々とオーディオ機器研究に勤しんだ。凝る気はまるでないもののそれなりに高い買い物だから。今年はギターだけでなく音響そのものを大事に見つめ直す年にしたい。
 
某日、ネットでブライアン・イーノのインタビュー(「ローリング・ストーン・ジャパン」)を読み、その主意に完全に同意(まあいつものことだが)し、今回はいよいよ本気で伊豆に移住する気になってきた。原因は徐々に置き去りにするものが増えつつあるからであり、それは盗難の心配やら火事の心配やらを生む。移住というと大袈裟だが今の仕事のペース(撮影のない時期)なら月の半分を伊豆で仕事をしても問題なさそうだ。たんに個人的に心配なのは東京でのゴミ出しで、可燃ゴミは問題ないのだが資源ゴミの分別が複雑かつ出す順番を考慮する必要があるのでやらなければならないのだが、二週に一度で済むかどうか要検討案件である。知らん顔で家人に任せておけばいいだけの話だが。もう一つ困るのは映画館がないこと。最短距離で小田原に二館(シネコン)、カバーできる新作は限られている。昨年後半のペースで考えるとそれなりに通っているのだが、だから二週に一度戻ればいいだけの話だし、何か特集があるときには長めに東京に滞在すれば済む。しかしとにかく今は書くことに集中できる時間が少しでも多く欲しい。
昼、渋谷で『ソング・トゥ・ソング』。仮想敵というと言い過ぎだが、昨年を以って終焉を迎えたと私が考えている映画の傾向をおそらく世界で最も濃厚に保持している一人がテレンス・マリックであり、その人の新作を新春一本めに択ぶのは当然決別の意味を持っているのだが、開巻即座にその傾向全開となったのでこれは是が非でも睡魔と戦い見通さねばならぬと覚悟を決めた。それにしても本当に予想通りの展開で、呆れるばかりの陳腐な美しさに彩られて、いやホントにこんなの去年と言わずもう少し前に終わってたでしょ、と思ってあとで調べたら、製作年は二〇一七年だった、とオチがついた。豪華美形大スターが五人も集結し、パティ・スミス、ジョン・ライドン、イギーが賑やかしにゲスト出演、そこまではまだいいが仕事が限られるのかホリー・ハンターがナタリー・ポートマンだったかの母親というのはちょっとないと思われ、しかもケイト・ブランシェットとともに顔が判然としないアングルばかり。まもなく『クラッシュ』リバイバルというのに、終わったも何もたんに酷い映画を見ている気がした。こうしたものこそ年間ワーストに相応しかったはずだが、そんなレベルでさえ終わっている気がする。あと、これはどうでもいいが、フェス会場だったかに「Howl」と立て看板か何かででかでかとあって、そこに「遠ぼえ」と字幕が出て、パティとの兼ね合いもあるのでこれはギンズバーグのあれだと思われたが、そこは大丈夫だろうかと気になった。字幕担当者を確認する前にロビーに出てしまったが。
これで鬼の首を奪ったようになるかというと逆で、実はもう一本見るつもりだったが寂しくなって早くお家に帰ってぱるるを抱きしめたくなり、電車に飛び乗ったのだった。
ダメなアメリカ映画を見るとたんに寂しくなる。そこはイーノと違うところ。
で、本日はまともにノルマもこなすことなく終了した。
 
某日、ツイッターに「映画館が好きなところとアメリカ映画しか見ないところはイーノとは違うけどあとは完璧に同意」と書いたのだが、なぜか見知らぬ方に「映画館好きというのは信用できない」とリアクションされた。ミニシアターを救えとか全く賛同しないからだろうか。しかしそれとこれとはあまり関係がない。
朝からじわじわと料理へのモチベーションを上げて、昼前に取り掛かったのはただのすき焼き風煮で、すき焼きのたれというかつゆみたいなのがうまくて量を間違えなければだいたいうまいやつであり、実際うまかった。そして長ネギのうまさにやたら惚れ込み、白菜とともに増量した。
堪能して買い物に出て、戻ると「群像」最新号が届いている。先生の「ショットとは何か」連載完結ということになっている。年賀状的メールに『セインツ』のルーニー・マーラのことを書いたが、昨日の彼女は真っ当な輪郭に収まっていなかった。ショットとはいかに真っ当な輪郭に収めた上で解放するかにかかっている。そこでニヒリスティックに傍観を気取るマリックやルベツキはだから終わっている。ショットとは真摯さの現実である。『たそがれの女心』の越え難さとはそこで誰もが頽廃しきっているにもかかわらず同時に誰もがありえないほど真摯であるがゆえだ。
ここで挙げられている作品を全て抜粋して見直そうかとも考えたが、止めて地下室で偶然見つけた吉村公三郎『大阪物語』を。ファーストカット、少年のクローズアップから躍動を忘れている。全て見て、岡本健一と水谷浩の素晴らしさ、中村鴈治郎と浪花千栄子の素晴らしさは言わずもがなだが、良きショットというのはそれだけで撮れるものではない。これが溝口なら、という妄想にカットごとに襲われるが、その意味では良き追悼にはなっていると思われた。祀ってある箒で表される時間経過がうまくいっている(だからスーパーインポーズは無益)のを見ても、この全体構成を発案したのだろう溝口自身の演出であるなら『赤線地帯』に並ぶ傑作悲喜劇になりえたことはたやすく想像できる。殊にラストは秀逸で、昨日見た予告で『カポネ』というのが来るらしいが、思い出される『ビッグ・ボス』のギャザラはここでの鴈治郎といい勝負していたのだった。あと林成年を初めていいと思った。
年頭は劇場もDVDもネガティヴな結果だったが、ゆえに以降は良き結果しか生まれないので安心している。
 
某日、今年最初の伊豆行きを明後日に控えて徐々に準備が整っている。女優も絵画作業しつつふとペンに持ち替えると図面を書きつつ改築の夢を語る。一方こちらは夢もそこそこに今年最初の資源ゴミが大量で出すのにえらく時間がかかり、おまけに強風で吹き飛ばされた段ボールを拾い集め、何度も確認に行く。夕方ノルマを片付けた頃に緊急事態宣言とアメリカの議会テロを一応ニュースで見る。笑う可し。
明るいうちからあれこれ細かく見ていたが、夕餉後久しぶりの『ふるえて眠れ』DVD。年末からバイロック研究を始めたが、これも実は「切り株」をはじめとして色々特殊効果があり、ロケマッチの微妙な豪快さ含めてアルドリッチ作品でもバイロックのその側面が最も出ているかもしれない。六〇年に『サイコ』、二年後に『何がジェーンに起こったか?』、更に二年後に本作ということになるが、何故『サイコ』から語り始めるかというと、その成功をスタイルとしてハリウッドで最も意識したのはアルドリッチではなかったかという仮説。六〇年代にしてモノクロ、ゴシック趣味、「冒頭二十分の法則」を十分延長させた語りのリズムなど。『ジェーン』も『ふるえて』もアヴァンタイトルで二十分が費やされる。「冒頭二十分の法則」とは仮に「ショットとは何か」を剽窃した呼称だが、主だった登場人物が全員登場するのが開巻二十分(最たる例が『駅馬車』のリンゴォの登場)となる古典的な語りの典型フォームだが、『サイコ』ではジャネット・リーの死まで三十分以上、つまりそこまでに後半の中心となる妹も探偵も出てきてはおらず、これが非常に特異で画期的と思われたとしてそれを意識したかどうか、とにかく『ふるえて』でベティ・デイヴィスとオリヴィア・デ・ハヴィランドが顔を合わせるのが三十分、その辺でほぼ舞台が整うわけである。これは三十年か四十年前にこの物語にとって重大な事件が起こっておりそれをアヴァンでたっぷり十分以上語る(『ジェーン』も同様)からだが、現在ならここまで詳細に語らずイメージをコラージュする程度にしておいて中盤あるいはクライマックスと織り交ぜた回想の形で「謎」を吟味しつつ詳らかにするだろう。だがいわば『サイコ』理論に準じるアルドリッチは時系列順に語った。逆に考えるなら『サイコ』の沼に車を沈めるまでを過去とすることもできるということか。そして「謎」に対しての「真相」があるのだが、その点においても過去を再読することなく、あるいは誰かの口で「真相」として厳密に伝えられることもなく、手紙に書かれた文として読むシャーロットの表情が暗示するのみで観客に直接には伝えずに終わる。過去と現在を行き来する存在もいて、そのヴィクター・ブオノとブルース・ダーン(先日主演最新作の予告を見た)の再登場はもちろんシャーロットの見る幻影としてであり、それ以外の当時を知る人物は、ダーンのかつての妻メアリー・アスター含めて過去の場面には現れることはない。唯一双方に登場するシャーロットの若き日をベティ・デイヴィス自身が演じていたかどうか定かでない。周到な照明によって顔を影で覆われていたからだが、声はたぶんデイヴィス自身だろう。
アルドリッチ・プロの揃うのは『攻撃』以来八年ぶり。撮影バイロック、美術ウィリアム・グラスゴー、編集マイケル・ルシアーノ、音楽フランク・デヴォル。残念ながら録音のジャック・ソロモンは不在だが、赤狩り以降途切れかけたこのチームによる七〇年代の快進撃はここから再始動することになる。で、このモノクロだが、数々の調度品とその部分が織りなす影が画面をコントロールし尽くす。この作品がどのような内容でいまどんなことが語られていて人物はいかなる心持なのか、それら影たちが各画面完璧に表現し、さらにそれ以上の何かを与えてくれるのだからもはや言うことはない。それを積み重ねた上でラストのベティ・デイヴィスの、あるいは手紙を渡す際のメアリー・アスターの、人生をそのまま語り尽くすような顔貌が現れるのである。
ちなみにアルドリッチ、これが監督十一年目、十六本目の作品だが、最初から、つまり『ビッグ・リーガー』からこれ以降も、いくつかの非常に似通った演出を何度も試みている。バイロックのフレーミングも然り。何度もやって芸を磨く、これこそ学ぶべき点である。
 
某日、荷造り・ノルマ、順調。朝、病院。「新潮」2月号に黒沢さんの講演採録、そこに拙作のタイトルも唐突に登場する。この札幌講演の少し後にこれまた拙作上映のイベントとして劇場にお呼び立てしてしまったが、この時は傑作二本の上映があり、そこで拙作を記憶の奥から引っ張り出してくださったことに心から感謝。確かに『冷たい血』の頃「今は戦時下だ」と妄言していた記憶がある。今朝ふとボルヘス嫌いの先生に掌編を書いてもらいたいなあ、とぼんやり考えていて、何か心に沁みいるようなものがいいなあ、とか呑気に構えていたら、この「新潮」で筒井さんが掌編をお書きになっている。ご子息を失くされ、そのことを巡ってお書きになっているのだが、実は先生に願ったのも同じ主題の作品なのだった。何だか呆然と腕を拱き、しばし感慨に耽ってしまった。
夕方、愉快な連絡が来るが、内容は秘密。夜、King Gnu常田の特集番組。なるほど、風変わりなやつだった。
 
某日、荷物をまとめて伊豆へ移動。ぱるる、熱海あたりで嘔吐。どうも現代的なビートが苦手なんじゃないかという気がする。今度ドビュッシーとか聴いてもらおうか。網代のコンビニで降ろすと元気よく歩いた。彼女には適度な休息が必要なのである。
一旦自宅へ荷物を降ろし、買い物に出る。女優、ぱるるを風呂に入れるため、漁港で使われるいわゆるトロ箱を購入。夜はビーフシチュー。超美味。亡父が最後にDVDを見まくっていたテレビがどうやら昇天されたらしい。二〇〇八年マンションに転居と同時だった気がするので、十二年の寿命ということか。よく保った方ではないか。しかしここでDVD見られないのは非常に困る。
ともあれ見られないなら、と眠くなるまでノルマ。
 
某日、朝焼けを見ながらの起床から割合ゆっくりめの朝餉ののち神社に参拝。これが初詣となる。ぱるるは厳粛な境内の空気に怯えたのか妙に落着きがなかった。そこからカインズ伊東店→ノジマ電機→いで湯っこ市場、と長時間の買い物行脚、右近という十五年近く前に伊豆高原で最初に入った食堂で昼餉、最後はスーパーで食料確保を終えると既に夕方に差し掛かっていた。つまり夫婦共々疲れ切って夕餉も適当に済ませ、というのは昼の量が半端でなかったせいでもあるが、できるかぎりのんびり過ごす。女優は翌日の豚汁作り、こちらのノルマも半分達成、さらに虫の息のテレビがいくらか回復したので最後に以前から計画していた『田舎司祭の日記』を見ることにする。
そこでスティーヴ・カーヴァーの訃報を知る。八〇年代後半の私たちにアメリカ映画、殊にアクション映画の福音を授けてくれる数少ない存在であり、その豪快な作風とは裏腹にどこか先輩修行僧のようなストイシズムを感じさせてくれる稀有な作家だった。私にとって重要な作家とは、キャメラ横にいて、またはモニターに顔を近づけて、ふと、あ、これはもしかするとアレがやれるかもしれないと突然降って湧いてくれる人、しかし何度試してもそれがうまくいかない人、ということになるが、カーヴァーもその一人である。最も影響を受けた人の一人だと言っていい。数ある傑作の中でも『パッコン学園』は、VHSでしか見ることができなかったが、テニス映画という枠組みでひたすらアナーキーな物語展開と独創性に満ちたカット割りがまるでアルドリッチのようで、心から感服したものだ。二一世紀になる以前に写真芸術に向かい映画から離れてしまったようだが、映画における彼の試みの数々はいまも私にとって臨床的な意味で現在進行形の脈動を続けている。
そうした思いを胸に久しぶりに見直す『田舎司祭の日記』はこれまでで最も感銘を受けた。日記の朗読という非常にナレーションの多い作品だが、逆にいえば声と肉体という最もシンプルな道具からのみ映画を構成し、ゆえに鋼のように強靭であり、隙が無い。インタビューを読んでいないので推測だが、何人かの俳優の演出にはかなり難儀したと見られるものの、粘った甲斐のあるところまで到達しているのではないか。終幕近くのバイクの疾走、すっかり忘れていたが、あの顔を撮りたくて撮れなかったのが『Helpless』だと思ってもらって差し支えない。事実そうなのだから。もちろんこちらの技術不足である。そういえばハーモニー・コリンがムーンドッグの映画をマシュー・マコノヒーで撮ったのが今年公開されるようで期待なのだが、それはどこか本作に似ているのではないかと予想されるのは、詩人と坊さんにどこか通じ合う所があるからなのだろう。どうやら『聖なる犯罪者』というポーランド映画も似た感じだし、ハーモニーのパブはいつも通りポップで、ブレッソンの修道僧の地味さとは似ても似つかないが、映画というのは見た目でしか判断してはならないので、見てからでないと比較もできない。マコノヒーがマントを翻して夜更けの路上にひっくり返ったら、あるいは赤ワインが瓶ごと白い床に落下して中身が飛び散るようなことがあったら、私の予想が当たったと思っていただきたい。
 
某日、テレビが届くのとロケ隊の到着とで朝からてんてこ舞い。で、午後まで大忙しだったが、一息ついてテレビのセッティングにかかるとスタンダードサイズがまともに再生できずにどうも調子が狂う。昇天したテレビでは何かごまかし的にサイズの切り換えができていたがあくまでごまかし、今回それはなくむしろ堂々と上下左右パンパンの全面でこれがそれですといった感じに見せて来るので気圧される。もうまともなスタンダードサイズを見ることは不可能なのだろうか。しかしアスペクト比1.37:1と1.66:1が同じフレームで収録されるのはやはりおかしい。かなり前だが拙作『月の砂漠』がケーブルテレビで放映された時レターボックスで上下左右マスキングという意味不明な形だったのにも参った。『月の砂漠』のソフトがこの形式でリリースされたのかどうか、今だに知らないが。
午後またカインズに買出し。スタッフ・キャストに珈琲を振舞う。
 
某日、ロケ二日目。寝坊して朝餉の余裕なく、キャメラ回り始めてから買出しに。しかしすぐに昼になり、雨が降り始め、あれよあれよという間に日が暮れる。合間合間でノルマの半分はこなすが、集中できるわけではない。午後九時、撮影終了。やれやれという感じで、NHKプラスで二週連続、大河を。久しぶりに帰蝶登場。川口春奈は安土城の巨大な座敷で信長と光秀の少しずつ裂けていく破れ目の間に堂々と、しかし極めて低いテンションのまま画面を支配していた。凄い。松永久秀が終焉を迎えたが、あの吉田氏のハイパーテンションも帰蝶と並ぶと霞む。
で、すぐに翌日。ロケ三日目。今日も寝過ごして朝餉は初手から諦め、珈琲とお茶を淹れるうちにスタッフ到着、空腹はパンで誤魔化す。で、上天気の午前中からノルマにガンガン集中し、ノルマを超えて草稿書きまで手を伸ばす。ぱるるは朝と昼と二回、散歩した。午後八時、ロケ終了。思いもかけず私の新たな仕事場ができた。私はよくよくついている人間なのだろう、こんな時代にこんな面白いことを起こす人と夫婦でいられるのだから。おかげで私の人生もこんなに面白いのだから。さあて、さらに勉強だ。
しかしアンプとスピーカーを買ったらどちらかにケーブルが付属でついて来ると考えるのが人情だと思っていたが、どうも違った。それも新たに贖えと。それがいわゆるマニアへの道だと。その道を歩くつもりはないけれども、鳴らさないわけにはいかないので、東京に戻ってちゃんと揃えてちゃんと繋ぎに舞い戻るであろう。
 
某日、数日ぶりにお粥を作る。ロケ中は何かノリが合わなくて食べる気がしなかった。というかたんに自分たちだけ朝粥は贅沢だろうかという後ろめたさがどこかにあった。本撮影が終わったので早速作り、食す。安定の味というやつ。そのうちロケの居残り組が来て、昼の実景と、女優転じて画伯となり、絵画制作の一部始終を撮影する。女優今回の試みはいわゆるたらしこみである。しかもかなりの大判で、手法の性質上ワンチャンスものなので、さっさと描き終わるが完成形というものはそれなりに時間が経過してみないとわからない。つくづく面白いことをする人である。
ぱるるは庭を歩き回って静かな晴天を満喫していた。
午後は昼餉にラーメンを食した後、それなりの量のゴミを山奥の処理場まで捨てにいく。こういう施設があるのは様々問題ありやもしれぬが、とにかく助かる。心穏やかにカインズとスーパーにて必要品を贖う。
家に戻り、仕事場を完全な形に近づけ、というのはDVDを可能なかぎりいい状態で鑑賞可能にしたということだが、その記念に昨年新作作業に追われて見逃していた『フォードvsフェラーリ』。少しずつ腕を磨いて来たジェームズ・マンゴールドがついに年間ベストワンクラスの作品を物した、という風説は耳にしていたが、まさか十年に一度と言わざるを得ない傑作とは。クリスチャン・ベール演じる元レーサーにして修理工のケン・マイルズのかみさん、これはカトリーナ・バルフという初めて見る女優が演じているのだが、この人が立っているロングショットを見た瞬間、ただならぬものを今俺は見ているな、ということに気づき、それは作家も俳優もスタッフも全部巻き込んでワンランクもツーランクも上げてしまう事態であって、言うなればそれは「恋の囚われ」を体験することであり、映画を見る上でも極めて例外的な事態と言わざるを得ず、それは「愛」と言って済まされない事態に際してあえて使うべき言葉であり、こうした事態はまさに十年に一度あるかないかである。なので、これ以上つべこべ言う必要はない。そうした奇跡的な映画では、人はあらゆる局面であらゆる対象と「恋」に落ちるのであり、それは喜劇であり悲劇であり、技術を飛び越え優劣を乗り越え、何も生み出さぬままに全てを許し、大団円に至る。ありがとう、であり、おめでとう、であり、ざまあみろ、であり、そして、また会おう、と手を振る。結果として残るのは最後まで断固老けようとしないマット・デイモンの不自然さだけだが、この不自然さこそが映画なのだと強弁しつつ涙を流す特権を人はかような「恋」とともに享受する。勿論ここでいう「恋」とは、丹生谷さんの仰る「恋」である。
あまりにHAPPYなので途中から立ち上がって見ていたが、そのまま女優のカレーを立ったまま食べ、これまたうまくて、外で乾かしていた女優の絵画を取り込む際に手が絵の具だらけになるのを鼻歌とともに洗い流し、風呂に浸かって、今回も満喫した伊豆でようやく眠りに着こうとしつつも興奮なお冷めやらぬ状態。
 
某日、そして帰り仕度。始まると黙々と止まらぬ夫婦。必要以上にマキが入る。そして何度も忘れごとに気づき、玄関を開けたり閉めたり。ぱるるの体調も安定した状態のまま、すんなり東京に到着。すでに来月のスケジュールが到来してもいる。
そして帰京して気づいたのだが、例のスタンダード問題、あるいはプレイヤーによるのかもしれない。というのも、これはあえて名は秘すが、伊豆のBDプレイヤーは数年前から京都で使用していたS社の廉価なもので、現在東京の仕事場では昨年購ったP社の、値段で言って下から二番目のプレイヤーだが、これだとスタンダードがスタンダードでかかる。廃棄したモニターも仕事場のもP社製で、新調した伊豆のモニターはS2社製。相性の問題があれば別だが唯一この中で違和があるとしたら年代的に古くて安い型のプレイヤーである。
この件に関してはもう少し探ってみたい。
『フォードvsフェラーリ』について、数少ないミスと思われたのは、カーヴする車を正面からカウンター的に前進移動で受けるショット。公道上で最低二つあったのだが、どちらも速度を妨げるような気がした。必要かどうか、悩むところ。それはそうと、明るすぎる室内もやや問題ではないかという気もした。とび気味になるほど室内と外を同一画面で見せる。ピットで眠るケンのショットなどもっと暗くてもよかったのではないか。しかしそうすると全体のバランスに問題をきたすのだろうが。というより、ここに「暗い画面」ブームに一石を投じる保守派の男がいた、ということか。
久しぶりの休日(?)にペットショップで皆さんの食料、スーパーで人類の食材を入手。午後は「レココレ」2月号。ユカリさんインタビュー後編。10ccの本がUKで出た模様。読みたい。ドラム特集。面白いが、当然ポール・トンプソンはもちろん、ビリー・フィッカもラット・スキャビーズも登場せず。もちろんトミーも。池畑潤二はどうか。
 
某日、伊豆と東京の往還が恒常化しつつある中、それぞれ立て直しに半日かけていては意味がない。毎回もっとすんなり移行できるようにならなければ。昨夜から午前中はそんな塩梅で終始。朝餉は昨日のうちに女優が作ったスペアリブと大根煮。超美味。
午後はノルマに集中、サンソンで布谷「深南部」を久し振りに聴いて感動(♪達者でな〜、は凄い)した後、夕方に大河。いちいち出てくる小道具が大仰な割にあっさり退場していくのは蘭奢待同様平蜘蛛もそうで、タイトルにまで出すようなことかと思われた。桂男もおそらく同じ扱いだろう。一方、芝居は全員徐々に充実しており、殊に信長は終幕に向けて高まっている。たまはまだ目線ができていない。駒の視線の動かし方から学ぶべきだ。
夜は届いたザ・ファンキー・ドラマーズの名盤(JB、タワー・オブ・パワー、キング・カーティス)を聴き続ける。この時期(六〇年代後半〜七〇年代前半)のソウルは本当に何を聴いても飽きない。
夜、とある映画(ちょっとした事情で名を秘す)をアマプラで見る。趣味としてソフトをポチるには及ばず、という判断でそうなったが、なかなかどうして、さすがに巧い。この一本前の作品が苦手で見るのをやめてしまったが、好き嫌いは別として無駄のなさ、そつのなさ、演出の巧さで言えば同じ世代でダントツではなかろうか。ちょっと無駄に拳銃出しすぎという懸念もあるが、それ以外はとにかく余計なことをしないという点で非常に高く評価できる。実は拳銃もそうだが「自由」という主題がそうした演出と直接関係していて、その点でも感心した。
 
某日、起きがけになぜかたむらさんのことを考えて、命日はまだ先だよなあ(五月二三日)と訝りつつネットを開くと、同じ三九年生れ、フィル・スペクターの訃報。とうとう。後でわかったがムショ収監中のコロナ罹患によるらしい。同じ時代を生きた者にとってはそんじょそこらの大統領の死より重大なアメリカ人の死の報せだと思うが、そんな事情でなんとも小さな扱いである。他人は知らないが、直接にも間接にも「ビー・マイ・ベイビー」と「ダ・ドゥー・ロンロン」と「会ったとたんに一目ぼれ」がなければ今の自分はないと断言できる。同じことを言える作品は数多あれど、それらは大抵の場合作者、演奏者、歌い手、監督などの固有名で記憶され、それをクレジットが保証するが、スペクターはプロデューサー、というよりはサウンドメイカーとして私たちの心を掴んできた。そのことは物事の本質でありながら、非常に特殊なことかもしれない。いつかそのようなやり方で映画が作れないかと考えてきた。ウォール・オブ・サウンドの方法で一本の映画を。どうすればいいのかどういう感触なのか、明確には言えないが、ラモーンズ『エンド・オブ・ザ・センチュリー』をリアルタイムで体験した個人としては、スペクターが生きていても死んでしまってもこの意志は継続する。
スペクターサウンドよ、永遠なれ。


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某日、昼にNHKで江藤新平についての番組をやっていたので見たが、江藤を立てれば大久保立たず、その逆もまた。我慢比べに負けた方が先に死ぬとはいえこの二人に大差はなく、大久保にとっては西郷の代りに江藤が死んでくれてホッと一息、それも束の間、歴史はそんなに甘くなかったということか。
その続きで朝ドラ『おちょやん』を初めて見た。浪花千栄子はまだ大部屋にいるが、本日は結髪に駆り出される。これを見て思い出したのは、監督になりたての頃、売れない役者に助監督やれば?と勧めたが誰もやらなかった事。ショーケンは自分からやったし、ジャン=ピエール・レオーだって、と言っても無駄だった。おちょやんは積極的だったが、すぐに現場復帰する。しかしこの挿話で重要なのは視点の変転である。あるいは経験の多様性。バカで横暴な監督に付いても何の得にもならないが、暇でゴロゴロしてるならやった方がいい。
午後はジョー・ヘンリーがやったランブリン・ジャック・エリオットを。視点の変転。
 
某日、たぶん久しぶりに伊豆へ行った十一月後半か十二月上旬か、いつ始めたのか記憶にも当日記上にもないノルマ「某原作小説写経」が終了。やはり実にしっとりした傑作である。今後ここからシナリオを組み立てて行くのだが、ここからはある程度ヴィジョンが見えているので短期集中作業になる。もちろんそこで出来たものは第一稿に過ぎないが。大江読書もあるし他のノルマもある。この全然解放されなさの中の、ほんの小さな解放感。
芥川賞発表、宇佐美りん『推し、燃ゆ』という作品が受賞したのだが、中上好きだという宇佐美さんが「私の推し作家が受賞して四十五年」と言っていて、ああもうそんなになるのかと当時を知らない自分も深い感慨を得た。というか中上が好きだと言いながら受賞した人は初めてではなかろうか。それだけでまあ嬉しい。
川添彩監督のビアリストックスMV「I don’t have a pen」全編公開。なかなかよろしい。
夜、金田一耕助を池松壮亮くんがやるBSのドラマを見た後、終了したとばかり思っていた火野さんの『こころ旅』春シリーズ開始のお知らせに驚いた。まだやるのだ、よかった。
夜更けに昔入手したDVDで『フランティック』。例の「新潮」版黒沢12に入っていたので久しぶりに手に取って見るとなぜか「4:3」との表示。つまりスタンダードだと。いや、はっきり記憶しているわけではないが、内容から言っても製作年から言ってもまずアメリカン・ヴィスタだろう。というわけで見てみた。「4:3」である。結論から言うと、IMDbでも「1.85:1」と書かれているのでたぶんアメリカン・ヴィスタをなぜかトリミングして出している。実際エンドロールはそうだった。ひどい話ではあるが上には上がいて、アマゾンプライムでは小津のモノクロを〈然色映画〉と称してカラー化して流しているようだ。本当に酷い話だが、見る人間もいるらしい。ただセンスを疑う。で、ポランスキーだが、このように悲劇というのではなく幻滅に至るしかないものを私は好まない。彼には彼の主張があることは理解するが、受け入れ難い。公開時も盛り上がった屋根のくだりなど面白いのだが、一方で面白がることをどこかバカにされてる感じを受けてしまう。私にとってポランスキーという人は、造形上感心する箇所もあるし演出面の面白い場面もあるにはあるが一本通して好きだとかいいとか言える作品がない。人間不信ということに耐えられなくなったのは、こちらの欺瞞であり歳を取りすぎたせいかもしれないし、感動したり共感したりしたくて映画を見ているわけでもないが、ネガティヴだったりアイロニーに終始したりする部分に気付くと作品に没入できなくなるのは仕方がない。つまりはまあ個人的な趣味の問題であって、その〈然色映画〉の問題にしたってモノクロにその手の改竄を施す神経とセンスを信じられないし受け入れ難いというだけで、例えばその技術が医学の面で役立っていることは知っているし、全体を否定する気はない。もちろん冒涜とかいう気もさらさらないし社会的あるいは法的な制裁を、みたいな話にしたいわけでもない。ただ、こういうことを惨めでみっともないことだと蔑むだけだ。文化の地盤沈下という言葉を噛みしめる。





某日、解放感によってまだぼんやりが抜けない状態。その分大江読書のペースはいくらか上がる。新春で五十代全ては無理に決まっていたが、最初の一冊は終われそう。
午後、中島貞夫『多十郎殉愛記』をWOWOWで。製作の経緯を知らないのであまり突っ込んだことは書けないが、伊藤大輔に捧げられた作品としてかなり成功している。なぜなら伊藤大輔作品に非常に似ているからである。過去の中島作品よりずっと伊藤に近づけているので、ある意味で面食らう。というのも伊藤大輔という人はいい意味で曖昧に浮遊するようなところがあって、理路整然と怜悧に進行していく中島とは真逆と言っていいと考えていたからだ。二十数年ぶりに監督するというのはどういう感覚だか今の私にはわかりっこないが、全て忘れてかつて好きだったものの感じをやってみたいと考えてもちっとも不思議ではないだろう。で、とにかく多部さんの着物の着こなし、というか着くずしが絶妙。ちょっと襟が落ちて少し重心を後ろに引かれたような立ち姿が何しろいい。そのままフルサイズで歩いて粋とまでは言わないがしかし年齢相応の出戻り感が滲んでそれだけで艶やかである。前半、キャラクターを掴むまでは曖昧だった(それが伊藤らしさに繋がるのだが)高良くんも、大枚を手にして泥酔したあたりから開き直ったように良くなる。特に殺陣は不器用さ込みで素晴らしい。林の中の斬り合いはほとんどベルトルッチで、これがやりたかった、と中島さんの呟きが聞こえてきそうだ。
夜更けになり、不意に準備稿に着手。


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某日、朝からTL上が「郵便局へ行くバーニー」画像で盛り上がっていて、もちろん大統領が変わったことには気づいているけれども、笑うしかない状況に付き合ういわれはないので全面スルー。少し上の世代の知り合いが次々病に倒れる(しかも全員コロナではない)状況が訪れ、昨夏気づいた通り自分にも猶予はないのであり、残された時間をできる限り有効に使ってできる限りのことをしなければ死ねない、という誓いを新たにするばかりだ。
とはいえ、昨夜のように発作的にシナリオに着手してしまうようなことがあると、翌日は何もできないくらい疲れてしまい、大江読書を予定通り、さらに三食全て自前料理というお茶の濁し方で一日を過ごす。規則正しいといえばそうなのだが、これでもまだ足りない。伊豆のあのノイズフリーの独居作業を求め始める。目覚めると同時に作業開始、腹が減れば食ってなければ買いに出て、疲れたら寝る。おまけにこれからは酒抜き。ひたすらその連続による集中が必要だ。しかし蔵書やDVDを全て持参するのは不可能だが、いつ何が必要になるか、予測などできない。そこが弱点だ。配信やkindleが便利だとは理解しているが、それで済めば苦労はしない。
夜更けに企画書を書き上げたつもりで目が覚めた。夢だった。苦笑してFacebookを見ると三つ年上のバンド仲間の亀井君がミック・グリーンとアベフトシの共演YouTubeをアップしていた。十五歳か十六歳か、北九楽器でパイレーツを聴かせてもらってから何百回聴いたか弾いたかわからない「Please don’t touch」をステージで共演しているのを見て、胸が熱くなった。ミック・グリーンはやっぱり全部ダウンピッキングだった。
まだ終われない。もうちょっと時間が欲しい。





(つづく)



青山真治

映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『こおろぎ』(06)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、『空に住む』(20)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)、自作『しがさん、無事?』(19)など。

近況:3月5日に「映画批評月間 ~フランス映画の現在をめぐって~」特別オープニング上映イベント(於ユーロスペース)にて、アルノー『ルーベ、嘆きの光』を巡ってフランス陣営とのZoom会議に出席予定。また、一部ではすでに「ビフォーアフター」かと噂される『とよた真帆のDIY日和』(BS朝日)は時間を変えてまだ続きます。