妄想映画日記 その101

2020年のboidマガジン の初記事はboid社長・樋口泰人による「妄想映画日記」です。今後に向けての企画会議や忘年会など慌ただしい年末の12月後半の日記を公開します。また、新作『1917』(サム・メンデス監督)、『フォードVSフェラーリ』(ジェームズ・マンゴールド監督)、『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』(ファティ・アキン監督)などについても。
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文・写真=樋口泰人


12月16日(月)
勢い込んで20世紀フォックスの試写室へ『フォードVSフェラーリ』を観に行ったのだが、15分前に到着したもののすでにキャンセル待ちで大勢が並び今から待っても無駄であると宣伝担当者から告げられ確かにこの人数ではどうにもならないとあきらめた。夕方からも試写があるので事務所に戻るのも時間の無駄であろうと判断して次の試写会場である日比谷に向かい会場近所のカフェにて仕事。メール連絡ははかどるが、仕事の電話はかけにくい。こういった時のための時間制のレンタルスペースみたいなのがあったらいいのだが。あるいは昼寝スペースとか。みんなどうしているのだろう。
夜はTOHOシネマズ日比谷にてサム・メンデス『1917』。第1次世界大戦中の実話をもとにした映画で、撤退中のドイツ軍殲滅のための総攻撃準備中の連合軍司令部に、「ドイツ軍の罠なので攻撃中止」という指令を伝える任務を負った若き軍人ふたりの物語。1シーン1カットで撮影し、それらを全編が1カットで撮影されたかのようにつないでいるとのこと。つまり、主人公たちが指令を受け取ってから伝えるまでを、われわれはまさに一気に見ることになるのである。途中、よそ見をしている暇はない。しかしあたりには十分に気を配らないといつどこで何が起こるかわからない。その緊張感の持続。映画の中の時間は引き延ばされもせず縮まりもせず一律に進むだけという印象。最初と最後のシーンだけが、引き伸ばされた時間の物語を語ると言ったらいいか。本当はそこだけで何かを語ることができるといいのにこんな時代に映画を作っているからそんなことも言ってられないとか何とか、映画の中から誰とも知れぬ愚痴が聞こえてくるような気もしたがそれはこちらの妄想。戦争という大きな物語に隠れていた小さな物語を描く、という意味では『ダンケルク』と近い位置にある。2作とも小さな物語の描き方が、これまでの映画のやり方とはまったく違う。主人公たちの背景には入り込まず徹底して目の前の出来事だけで語ろうとするのはなぜなのだろう。

 



12月17日(火)
ジェームズ・マンゴールド『フォードVSフェラーリ』。しかし実際にはフォードとフェラーリの戦いではなく、腐った巨大組織とソウルフルな個人の群れとの戦いの物語であった。つまりトランプも安倍もプーチンも習近平も金正恩もくそ野郎でアスホールだという映画であった。もちろんただ戦ってどうなるかという映画ではない。われわれはすでに新しいステージに来ているのだということをレースのクライマックスでこの映画は示す。栄光は勝者に訪れるのではなく、われわれのこの戦い方を最後まで信じたもののみに訪れるのだと、レースのゴールが宣言する。例えばオリヴィエ・アサイヤスの『冬時間のパリ』なら、「それでも私は紙の書籍を作り続ける」と断言できるかどうか。数字の裏付けのないその断言を信じることができるかどうか。われわれの栄光はそこから始まる。車にも書籍にも魂が入り込み、永遠の時間が生まれるのだ。そんなことを教えてくれた映画だった。
 
あまりによかったので興奮気味に以上のようなツイートをした。ただ落ち着いて考えてみると彼らの戦いは組織やシステムのトップに立つ者に対するものと言うより、うっかりすると組織やシステムに準じることをよしとするアドルフ・アイヒマンのようなわれわれの心の在り方に対するものだと言うべきものだ。そしてその戦いは現実的な勝敗によって決着がつくのではなく、いかに自らが自らの足元と対話しながら足元の喜びとともにあるかという徹底してシンプルな思考によって新たな道を作り上げていく。足元の思考とともにある映画。だから車の映画なのである。タイヤが地面と対話する、その微妙な感触を自分の身体全体で感じ取り何かを判断する。信頼と思考と決断。サミュエル・フラーの映画もそんな風に作られていなかったか。

 
その後、5月のさいたま国際芸術祭で行うピン・バンドのライヴについての打ち合わせ。いよいよ具体的になってきた。
 


12月18日(水)
朝から静岡の裾野市へ。1月の爆音の会場下見である。三島まで新幹線だと30分くらい。あっという間である。三島から車で20分。名前通り富士山の裾野にある街なのだがこの日は見事な雲がかかっていて富士山は見えない。実家のある山梨側から見える富士山はいくつもの山の向こうにあるのだが、静岡側からだと本当に裾野から見えるので全然迫力が違う。1月の爆音本番の時には雲がかかっていないことを願うばかり。会場は映画館ではない通常のホールであるため、音の反響が強い。同志社や松江のホールでも苦労しているのだが、この反響をどうしたら少しでも抑えることができるかという話を音響の担当者たちとした。

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そして東京に戻り夕方からは新装となった渋谷パルコの地下1階にあるクアトロ・ラボにて「アナログばか一代」。湯浅湾の『脈』発売記念で、湯浅湾から妄想される音楽をそれぞれが持ち寄って順番にかけていくという趣向。そしておまけとして、隣にあるディスクユニオンの店舗でアナログばかチームがそれぞれおすすめのレコードを抜き出して、「アナログばか一代セレクトレコードコーナー」を作って販売というのもやった。趣向と思考と行動との一体化と言ったらいいか耳と目と指先の一体化と言ったらいいか。この日のアナログばかは直枝さんが湯浅さんの歌から妄想した果てに持ってきた「ブーフーウー」のレコードが圧巻。直枝さんのどこまでも生真面目な妄想が一線を越えて大爆笑を呼んだ。これは直枝さんにしかできない。

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そして湯浅さんの持ってきたモービル版のボブ・ディランとマーヴィン・ゲイの音質がとんでもなくて皆であきれることになったのだが、しかし定価2万円。この音のために2万円を出せるかどうか。「ホワッツ・ゴーイン・オン」の冒頭の街のざわめきは、「これはもう違う街なんだよ」と湯浅さん。ひとつのマスターから次々に違う街が生まれる。そのひとつのマスターに込められているさまざまな可能性が、こうやって現実化していくのである。
わたしは最初に湯浅湾とは関係なく、わたしの人生の大恩人のひとりであるフランス映画社の柴田駿さんへの追悼としてリタ・ミツコをかけさせてもらった。かつて柴田さんに言われて『右側に気をつけろ』のシナリオ採録をやったのだが、聞こえてくる音を全部細かく書き出してほしいという要求があり、おかげで『右側に気をつけろ』をいったい何回観たことか。たぶんスタッフ以外では世界一観たのではないかと思うのだが、そのおかげで今こうやって爆音をやっている。リタ・ミツコを聴くと今でも映画に使われた細部の音が映画の中のように蘇ってくる。柴田さんとの仕事の中で似たような経験をした人は数多いと思う。あの、映画への愛ゆえの厳しい要求によってさまざまなものが生まれた。フランス映画社が配給した作品のそれぞれは、それぞれひとつの映画の柴田&川喜多和子ヴァージョンと言ってもいい。そこから広がる、あるいはそこに積み重なっていく映画のさまざまなヴァージョンの広がりと厚みの上にわれわれは生きているのだと思う。
 


12月19日(木)
夕方まで事務仕事。試写に行くはずだったが当たり前のように行けず。夕方からは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』の提供・配給・宣伝チームが集まっての報告会と忘年会。とりあえず何とかなった。あとは来年以降、さらにじわじわと広められるかどうか。
 


12月20日(金)
製作途中の某映画の宣伝会議→渡邊琢磨『ECTO』の恵比寿映像祭での上映に関する打ち合わせ→それ以降の劇場上映版『ECTO』の展開とさらにそれにまつわる渡邊琢磨企画についての打ち合わせ。これで1日終了となったのだが、最後の渡邊琢磨企画の打ち合わせの途中、思わぬというか忘れていた場所の存在が浮上して、無茶な企画が実現性を帯びてくる。しかし渋谷の風景がこの半年で驚くほど変わった。渋谷駅を出て246を渡るいつもの歩道橋もなくなっていて、そばに「新しく」なのか「仮の」なのか別の歩道橋ができていて、そこから眺めると単なる大工事中の街になっていた。そして帰り道の地下道には河村くんの名前がでかでかと出ていてあきれた。

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12月21日(土)22日(日)
山梨の実家に。入院していた母親が退院したもののすでに90歳であるのと足腰が弱り切っているためひとり暮らしがこれまでのようにはできず妹と交代でしばしば帰省して面倒を見なければならない。自分の面倒を見てほしいくらいなのにと思いつつも致し方なし。芝刈りをせよという指令により作業をしていると視線の先に黒い物体が入ったので何かと思ったら黒猫さまがお休み中であった。延びた芝をベッドにしていたのである。我が家の黒猫は実家のそばでうろうろしていたところを妻がこの小ささでは冬を越せないであろうという判断により捕まえて我が家に連れてきたのであるが、今ここでお休み中の黒猫さまの体系といい風情といい明らかに我が家の黒猫の血筋である。思わず近づいたらさすがに野良。さっと逃げて近寄らせてくれなかった。

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12月23日(月)
映画美学校にて吉開菜央の短編集試写。吉開作品を初めて観たのはYCAM10周年の企画で架空のサウンドトラックに映像を付けるという短編コンペへの応募作品で、もう6年まえになるのだが、その時から映画の肌触りが一貫している。まさに「肌ざわり」としか言いようのない触感に、目と耳をやられる。新作の『Grand Bouquet』はその極北ともいえる音と映像の全面展開で、特に音は製作にかかわったICCの音響チームが作り上げた触覚的な音を感じさせるシステムによって作り上げられたもので、耳元でというか耳の中で音がするような、音によって脳を触られているような音が付けられていた。どうやら一部ではやっているらしいASMRというやつと似たやりかたなのだろうが、一方で映画は対象との距離をいかにとるか、その距離感で物語を語ってきたわけだから、吉開のあらゆる距離を台無しにする触覚的な肌触りはどこまでこれまでの映画と折り合いをつけられるだろうか。とか思いつつの短編10作品ほどだったのだが、折り合いとかなんとかそれはこちらの映画への勝手な思いに過ぎないことをあっさりと心地よく知らされることになった。無性に梨が食いたくなった。
その後吉祥寺へ。24日で現店舗での営業を終了するピワンでの最後のカレーを。新店舗での営業は1月半ばあたりからとのこと。
 
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12月24日(火)
テレンス・マリックの新作や『キャッツ』の試写の予定だったのだがもろもろの事務作業終わらず、あきらめて事務所作業。帰りがけにケーキでも買って帰ろうかと思ったらデパ地下ものすごい人ですぐにあきらめた。
 


12月25日(水)
午前中、シネクイントにて某作品の公開打ち合わせ。まだ確定はしていない。うまく上映できるなら宣伝告知も兼ねていろんな展開が考えられるのだが。
その後ファティ・アキン『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』試写。チラシなどのビジュアルからはおおよそ想像はついていたものの想像以上にグロテスクなビジュアルで、ホラーとかサスペンスとかいう映画のジャンルを超えてただひたすら主人公とその周囲の人々の誇張された醜悪さが映し出される。映画の中でも登場人物が主人公の部屋について言うように「臭さ」がスクリーンから漂い立つ同時に聞こえてくるのがアメリカの50年代60年代のポップスにも似たスウィートな香りのする音楽で、彼らの醜悪さもかつてはこのような甘い匂いを漂わせていたはずなのだ。あるいはまた、今もなおその人の腐ったような匂いの背後には甘い匂いが漂っていてそれが彼らをこうやって引き寄せあうのだ。残念ながらアルコールアレルギーのわたしは彼らのようには生きることはできないが、別のやり方で死臭を放つことはできるのではないかと思う。
 


12月26日(木)
某所にて某映画の宣伝打ち合わせの後、某所にてこの夏に行う予定の野外企画の打ち合わせ、そして夕方からは高田馬場ビッグボックスにてアナログばかボーリング忘年会。忘年会やりたい直枝さん、ボーリングやりたい湯浅さんを合わせるとこうなる。夕方から参加できそうな知り合いに声をかけ、参加9名。この日のトップは直枝さんであった。ボーリングは楽しい。また機を見て企画したい。そしてその後はタイ料理屋にて忘年会。直枝さんのマネージャーの横尾さん、そしてboidマガジン編集者の黒岩がいい感じで酔っ払い終電ギリギリまであれやこれや。わたしも皆さんのアルコールで酔っ払ったのか、何を話したのか全く憶えていない。

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12月27日(金)
年内最後の仕事。月末の振り込みやらなにやら。とにかくこれで年は越せた。
 


12月28日(土)
1日遅れの妻の誕生祝いということで吉祥寺の北欧レストランへ。1か月誕生日がどちらかにずれていてくれたらこんなに毎年あわただしくなくて済むのにと毎年思うのだがまあそれはこちらの勝手な都合である。そういえば以前、子供のころもクリスマスと誕生日のお祝いとを一緒にされて損した気分だったと妻が言っていたような気がする。

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12月29日(日)
夕方までぐったりしていた。夜は新大久保のアースダムにて毎年恒例の黒光湯。毎年恒例なのだが、わたしは翌日から実家に戻らねばならないのも毎年恒例でさすがに前夜の深夜までのライヴはきついのでいつも欠席していたのだが、今年は湯浅湾10年ぶりのアルバムも出たばかりだし中原も出演するのでついに重い腰を上げた。そして例によって新大久保アースダムと言いつつ大久保だと勘違いして遠回りしてしまうとかあれこれあったものの、年の瀬に中原の脳内を駆け巡る音と久しぶりの4人組湯浅湾の大地を踏みしめてそこから力をもらうような音を聴けて本当に良かった。来年もまた、「ミミズ」として生きていこうと思った。そしてこんな場所でしか会えない友人たちとも来年の企画を話すことができていい時間を過ごした。帰宅するころにはすでに日付が変わっていた。
 
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12月30日(月)
実家へ。母親の年末年始のお付き合いなのだが、今年はこれまでとは違いほぼ介護状態。年末年始の食材も買って帰らねばということで予約した列車の40分前くらいに新宿駅のデパ地下に入ったらものすごい人出で、当然列車には間に合わない。仕方ないので、次に列車にしようとしたらすでに完売していて、さらに次の列車になり予定より2時間遅れ。諸事情あってホームで1時間ほど待つことになったのだが、新宿駅のホームも大改造中で小さな休憩室がひとつあるだけでホームのベンチなどもまったくない。やれやれである。ほぼ寝たきりで甲府についた。
 


12月31日(火)
母親のお相手で終日。夜、テレビをつけたら紅白でAKB48「恋するフォーチュンクッキー」だった。ほぼスペクターサウンド。メンバーの交代や卒業が次々にあってひとりのスターのための音楽からもはやプロデューサーや音楽家たちの遊びの場と化した感じも受けるがここからさらにスターが育ったりするのだろうか。そして転寝しているうちに2019年が終わった。

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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。