Television Freak 第44回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は台風被害、マラソングランドチャンピオンシップ、ラグビーW杯など「実況」映像を通して見つめた事象について記されています。また、旅先の台湾で実感したことや映画『火口のふたり』(荒井晴彦監督)についても。
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(撮影:風元正)


「実況」から遠く離れられない



文=風元正


『火口のふたり』を観てしまった。事前に知っていたものの、画面のほとんどが柄本佑と瀧内公美の2人の裸。最初はどう対処するか困惑したが、だんだん慣れた。結婚式直前の直子(瀧内)と昔の彼氏の賢治(柄本)が、期間限定で焼け木杭に火が付く話なのだが、72歳の荒井晴彦監督がひたすら「性」を撮影することに拘泥しているのに驚く。スポーティという一点でヘンリー塚本との明確な差異線が引ける、という感想を抱いて自分で愉快になったが、あまり意味はない。賢治(柄本)の父は声だけの柄本明だったり、直子(瀧内)の婚約者であるエリート自衛官がまったく登場しなかったり、これらの省略は何なのか、言いたいことは山ほど発生しつつ、画面はまた別ものと割り切って観続けられるのは作品の力だろう。
日本海のほとりの500万円で買った建売住宅が、本来の用途で使われる前の「裸」の時間を支える。家具などすべて新しいのが「新婚生活」以前で生々しく時折目を逸らしたくもなるが、西馬音内盆踊りや秋田の千秋公園の蓮の花など、偶然、現在の私にとって切実な光景が出現して心打たれる。砂浜で廻る風力発電機の巨大な白い羽根もまた何かを映していた。この積極的な貧しさの先に何かがあるのか、私は答えを持たないとして、荒井晴彦は新作が待たれる監督の一人となった。
それにしても、時間ギリギリに飛び込んできた私の隣の老夫婦は、いったいどんな感想を持ったのか。若い男女も多かったが、観客の平均年齢はかなり高いようで、映画館に足を運ぶモチベーションと観た後の動向に興味津々である。

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『火口のふたり』全国大ヒット公開中(配給:ファントム・フィルム)



人からあまりに強く勧められて『全裸監督』を観るためネットフリックスに入った。しかし、PCの画面で1話1時間近くの動画を観続けるのはかったるく、早々に放棄した。近過去の日本の再現にはお金がかかっているし、ブリーフ姿の山田孝之が頑張っていて、裸もふんだん出てきて楽しいのは分かる。評判も当然だが、ついで視聴を許さない作品性が重苦しい。『24』、『HEROS』などの連続ドラマに熱中した過去はあるとして、ネットフリックスは私にはどうにも不向きだ。アマゾンプライムの松本人志プレゼンツ『ドキュメンタル』も15分で退場したし、「地上波でやれない」というフレコミのコンテンツにはどうも関心が持てない。
何を見ていたのかと問われれば、まず、台風である。南房総は子供の頃から馴染みのある土地で心が痛む。びわカレーで知られる道の駅とみうらの辺りもひどい被害を受けているようで、とにかく行くだけでたいへんな地域だから復旧どころではない。『おれは男だ!』森田健作・千葉県知事はパフォーマンスにしても、あの辺を視察したりする気配ゼロで思い切り男を下げているが、見放しておいてよろしいという国の態度に従っているだけなのだろう。電柱がどんどん倒れている風景がSF映画的な現実。
目を離せなかったのが市原市ゴルフ練習場の巨大な緑色のネット支柱倒壊で、10軒もの民家の天井がぶち壊れたり、2階に入れなくなっているルックスは想像を絶していた。しかし、あの無防備なボサボサ髪のおばちゃん女性オーナーが登場して、ああ、これはという暗澹たる気分に襲われた。案の定、今になっても何の進展もなく、厳戒態勢の住民説明会は怒号が飛び交っているだけ。そしてまた、日本列島は「最強」の台風19号を迎え、災厄は際限がない。
あのオーナーの人相の狂暴さで思い出したが、久々に見た元東京電力会長・勝俣恒久の旧帝大エリート的で知能指数全開の顔つきも鑑賞に値した。9月19日、福島第一原発事故をめぐり業務上過失致死で強制起訴されたが、無罪判決により世間に顔を出した。徹底して数字しか見ない合理主義者。津波リスクを知っていただろうが、減価償却が完全に済んでもっとも安いコストで発電できる設計の古い福島原発を廃炉にせず安全対策をしないまま、3・11が起きた。官僚的組織の中でどんなに聡くても、インフラを揺るがす不測の事態には対応不能の時代に入っている。合言葉は「命を守る行動を」。
そして、「高浜原発のドン」から金品を受け取っていた関西電力首脳陣の無責任かつ緊張のない顔つきを見れば、日本のインフラの深層が荒廃していることは疑問の余地がない。原発とゴルフ練習場、並べて論じるのは奇異に見えるかもしれないが、危ないのを知りつつ放置されているものが様々な場所に潜んでいて、大災害で露呈する点では共通している。私はどんどん、自然の力で人為が崩壊する「実況」映像から目が離せなくなっている。あらゆる事態が「明日は我が身」だし、その辺に転がっているちゃちな虚構にはもう付き合えない。
 
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(撮影:風元正)



マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の「実況」は痛快だった。圧倒的なスピードで逃げる設楽悠太。追う大迫傑。2人の1億円ボーナス獲得者に服部悠馬、佐藤悠基、神野大地、今井正人などのお馴染みの箱根のヒーローたちも揃い、見応えのあるレースだった。瀬古利彦が「設楽がいかなかったら、こんな展開になってないと思う。彼には感謝しています。勇気? すごいですよ」と絶賛するように、かつての日本マラソン全盛期の瀬古、中山竹道の実現しなかった「巌流島の対決」、ソウルオリンピック代表を決める福岡国際マラソンが理想形で蘇ったようだった。
レースは設楽が大きく飛び出したことにより大迫の心中が揺れ、集団の中での位置が前後にぶれる。自分のペースを守り通した服部との差は世界トップを目指す大迫のプライドにより生まれたのかもしれない。そして、普通に調子が良さそうで、何度も集団のトップに立ちつつ揺さぶりを続けていた中村匠吾が抜け出したわけだが、設楽が急に失速し集団に一気に抜かれる瞬間の哀切な気持ちは忘れられない。ずっと第一線で活躍していた中本健太郎が勝負に出て先頭に立つ展開も、自国開催のオリンピックへの強い執着を感じた。
とまあ、褒めておいて落とすのもどうかと思いつつ、2時間切りを目指す世界のトップが出場していたら、という疑念も捨て切れない。ケニアやエチオピアの選手たちがなぜ、給水時に突然飛び出したりするのか、よく分からなかったのだが、あれは駆け引きだそうだ。一定のペースで集団がゴールに向かう中、ドリンクを取るという必然的な動作を利用して速度に変化をつけ、他人に脚を使わせるという作戦である。今回は日本人だけだったので集団内の駆け引きに厳しさが欠けていたが、本番ではいくら暑くても、みなどんどん他人を振り落としにかかるだろう。設楽の逃げ切りこそ夢だったのだが……。
 
 
ラグビーW杯について何か書きたかったが、スコットランド代表が強いと分かってきて、予選リーグ最終戦を見ないといけない、という判断に入った。結果はご存じの通り。最初のトライ、福岡堅樹から松島幸太朗のオフロードパスに痺れた。福岡の運動能力の高さは異次元である。もちろん、松島も対面より決定的に足が速く、2人を並べる作戦が素晴らしかった。訓練を重ねたパスワークを武器に、1番の稲垣啓太が代表初トライというのも愉快である。しかし、名SHグレイグ・レイドローが交代するとスコットランドのテンポが上がり、攻められっ放しでヒヤヒヤものの戦いだった。
勝利の決め手は、やはりフォワードの第1列の強さによるスクラムの優位だろう。とりわけ堀江翔太の凄味が印象的で、リーチ・マイケル、姫野和樹も敵を圧倒していた。どうでもいいことだが、私は早稲田の同期が堀越・今泉で、日本代表がオールブラックスに145点取られて負けた時に何かを諦めて、たまたま前回W杯の南ア戦のジャイアントキリングをリアルタイムで見てラグビー観戦に復帰した人間として、日本が厳しい試合の中、フォワードで強豪国と互角以上に渡り合う80分を見て胸が熱くなった。トンプソン、ありがとう!
 

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(撮影:風元正)


台湾で遊んできた。向こうでの日々はただ楽しいだけ。しかし、相互連絡に便利という名目で家人が導入した「イモトのWiFi」が思わぬ収穫だった。これまで繋がることに消極的だったが、たまたま厄介な案件を残したままの旅だったので、九份や十分のような田舎でも即レスできるのは助かった。当たり前の話で笑われそうだが、彼の地でJRAのパドックやレースをリアルタイムで見れるのにびっくり。WiFiの容量を使うので馬券は買わなかったが、風光明媚な観光地の中で仕事や趣味の「実況」にアクセスできることに眩暈がした。ホテルでPCを開くのとはまったく異なる感覚だし、ひとりポケモンGOをやっていたせいでGoogleマップが使えなくなり軽くパニくったりして、スマホ依存の深さを実感した。
騒動になっている「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督が「実況」の人であるのが象徴的だが、今となっては自分自身の関連領域の「実況」をチェックしているだけでいくら時間があっても足りない。立ち止まって考える「批評」はいつまで経っても追いつけない。そこに何か「本質」的変化があるのか、という反問は頭に浮かぶが、そもそも「歴史の終わり」以後のフェイクニュースが当たり前の世界。そういえば、かつて熱中した姫田真佐久撮影の日活ロマンポルノは批評を求める完結した作品性を備えていたが、『火口のふたり』は荒井監督の妄想をただ追っているという点で「実況」的だった。
もちろん、「実況」はカメラがなければ成立しない。災厄の被害者たちは忘却に抗するために「カメラを止めるな!」と叫びたいし、犯罪者は監視カメラを止めたい。すべての映像を総合してもアーキテクチャ的現実に留まるわけだが、それでも、ひとりの人間のキャパシティではほんの片隅しか対応できない。
イモトアヤコもジャングルでWiFiを使っているのか、とぼんやり考えながら、十分の線路から上げた私たちの8色のランタンは異国の空で「永遠」と繋がっている気がした。


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(撮影:風元正)


風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。